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期待するほどの発言ではなかった。絵が好きな人は山ほどいる。それが父の唯一無二とは到底思えない。
「そんな人、沢山いるでしょ?」
「あはは。あなたはそうかもね。でもね、父さんが学生のときにいくつものコンクールで賞をとっているの。母さんはね、その父さんの絵が大好きで父さんと一緒になったのよ」
「父さん、絵なんか描いてなかったじゃない?」
私は不満げに呟くが、母はうんうんと笑いながら頷く。
「結婚してからは描いてないね。でもね、それは収入が不安定な絵描きをやるより、安定した会社員を父さんが選んだからなの。家族を養うために未練のないように筆を折ったのよ。きっぱりとね」
私には絵に情熱を傾けた父の姿はどうしても想像がつかない。あの穏やかな父にそんな内面があったとは生まれてこの方感じたことはなかった。
「でもね、結婚のあと、一枚だけ描いたのよ。手元にはないけどね。赤ん坊のあなたを描いたのよ」
「私を? どうしてそんなものが手元にないの?」
母はクイッと麦茶を飲み干す、父の話を聞きたがる私に嬉しささえ感じているようだ。
「その時、お金に困ってね。父さんの新作なら買うと言ってくれた人がいたの。それがあなただよ」
「……その絵、見てみたい……」
父が情熱を傾けた描くこと。父の最後の作品であるならば見てみたいと思うのは当然だろう。母はまたうんうんと頷いて寝室に消えていく。しばし待っていると母は古びたメモ帳を持って再び現れた。
「もしまた新作を書くことがあったらと連絡先を教えてもらっているから。あとはあなた自身で探してご覧なさい」
私はその古びたメモ帳を受け取り開いてみる。何ページか開いたところで、父の字で書かれた絵画依頼高崎という名前とその電話番号を見つけた。
「これ?」
母はコクリと頷く。
「人手に渡ってないとは限らないけどね」
それでも父が情熱を傾けた絵を一枚は見てみたい。それも描かれているのは私だ。きっと見つける。父のやりたかったこと。それを見たときに私のやりたいことも見つかるかも知れない。そんな気がした。
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