父、描きし

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 次の日曜日。私は母が見ている前で高崎さんへと電話をかける。会ったこともない人に電話をかけるのは緊張する。ショップや知人にかけるのとは訳が違う。 「もしもし。高崎です」  私は大きく息を吸う。 「突然に申し訳ありません。私、黒瀬豊の娘の黒瀬みゆきと言います」 「黒瀬さんの?」  電話の向こうの声は優しげだが、しっかりとした低音の声だった。 「あの……」  私は言い淀む。何を言えばいいのか迷ってしまった。 「お父さんがまた新作を描かれるのでしょうか?」  その言葉を聞いたとき、私の目から涙が溢れた。 「父は他界しました。母から聞きまして父が生前に描いた私の絵を一目見たくて……」  ボロボロと流れる涙を片手で拭う。父は求められた人だったのだと。父の描くものを待っていた人がいたのだと。その言葉で私は分かってしまった。 「そうなのですね。お悔やみ申し上げます。ですが残念なことにお父さんの絵はここにはないのですよ。どうしても譲って欲しいという方がおりましてね。そちらを伺ってみてはいかがでしょうか。連絡先は……」  その後、高崎さんは父の生前の様子を私に色々と聞いてきた。私は父が絵を描いていたことを知らなかったと告げると寂しそうに呟いた。 「本当に才能のある方でした。ですが絵描きとしての才能より父親としての才能が勝っていたのでしょうね」  私の横にいる母もボロボロと涙を流している。私は父が他界してから、はじめて寂しいと思った。父に再び会いたいと思えた。家族のためにやりたいことを捨ててまで働いた父。その父を認めてくれた人がいた。 「本当にありがとうございます」 「こちらこそ。あまり気を落とさないようにね」  高崎さんとの会話はそこで終わった。私はゆっくりと耳に当てていたスマホを下ろす。 「絶対父さんの絵を見てみる」  望まれながら筆を置いた父。父の生き様は父の絵を見ればきっと分かる。 「ね。父さんはすごい人なんだよ?」  母はやはりボロボロに泣きながらそう言った。母が父を愛した理由は、才能ではないのだと私は感じた。母が言った父の優しさや一生懸命さ。それは誰にでも真似をできる訳ではない。夢を追うことより家族を養うことを選んだ父は、高崎さんの言うとおりに父親の才能に溢れていたのだろう。
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