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翌日、私はいつもより早くに学校に向かった。同姓同名の可能性もあるが、校長本人に確認するのが一番早い。そう思って私は学校につくなり校長室に真っ直ぐに向かった。校長室なんて入ったことかないのだからやはり緊張する。
私は深呼吸をして校長室のドアをノックした。
「どうぞ」
聞き慣れた校長の声。
「失礼します」
私は意を決して校長室に入る。校長は私の顔を見るなり、うんと頷いてみせた。
「黒瀬みゆきさんだね?」
直接、会話したことのない校長が私の名前を覚えていたのは意外だったが、父が校長に絵を渡していたならそれもおかしくはないだろう。
「はい。父の絵を校長が持っていると美術館で聞きまして……」
「かなり探したのかね?」
「はい……。どうしても父の絵が見たくて……。父はこの高校の生徒だったのですか?」
「それも知らなかったのかね。参ったなぁ」
校長は困ったように笑ったが、椅子から腰を上げる。
「ついておいで」
校長は校長室を出てゆっくりと廊下を歩く。
「廊下に飾られていた絵は見てるかね?」
「いえ。あんまり……」
「そうか残念だ。そのほとんどが君のお父さんの絵なんだよ」
私は今歩いてきた廊下を振り返る。何枚かの絵。その前を歩いてきた。
「父さんの……?」
「そう。君のお父さんは生前に描いた全作品を母校であるこの高校に寄贈している。君は常にお父さんの絵と一緒に暮らしていたんだよ」
校長は歩みを止めない。その歩みは美術室へと続いた。校長は美術室へと入り、その奥に進む。そこには赤ん坊が描かれた一枚の絵。ベビーベッドに眠る赤ん坊に温かな光が差し込んでいる。
「そしてこれが黒瀬くんが一年前に寄贈してくれた絵だよ。黒瀬くんは描いた絵と君と同じ空間で過ごしてほしいと言ってね。温かい絵だね」
「私の絵……。こんな近くに……」
私はそっとその絵に触れてみる。
「もしね、君がこの絵を欲しいということがあったら譲って欲しいと言われているのだが、どうする?」
本当に父は絵描きの才能より父親としての才能に恵まれたのだろう。私の答えは決まっている。
「この学校に飾っておいて下さい。沢山の人の目に触れさせてあげて下さい。その方が父も喜びます。私は父にこんなにも見守られいるなんて知らなかった。私の知っている父は絵描きじゃないんです。私は私の記憶の父を大事にします」
「うん。いい答えだ」
校長の言葉にまた涙が滲む。父はやりたいことを捨てた訳ではなかった。生涯愛していた。
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