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「これで、良し」
男は慣れた手つきで背負子を背負う。知らない人間からすれば、隣村からの出稼ぎか、良く言っても村の特産品を商人なり問屋なりに売りに来た村人にしか見えない。
家を出ると、男は上の階段から降りてきたメイドと鉢合わせた。
「おはようございます。キエフさん」
「あぁ、コルティさん。おはようございます」
キエフと呼ばれた男は、背負った荷物が崩れない程度に頭を下げ、空腹を知らせる音と共に笑みを浮かべて誤魔化す。
彼がコルティと呼んだ女性は、まるで領主の館で働くような黒のメイド服と白いエプロンという格好だが、どこかの領主に雇われている訳でなく、この建物の大家を務めているだけである。
しかしそれ以上に彼女は人間ではない。小麦色の毛並みをもつ猫の亜人『バステト』族である。
バステトは亜人としては希少な少数民族で、強い力と魔法の両方を得意とするため、戦闘としても支援、回復薬としても重宝される。キエフもこれまで彼女のような種族を何人か見たことがあるが、いずれも高位の冒険者、または豪商や領主の護衛として雇われていた。
彼女の顔を見た瞬間、飼いならされた犬の様に、彼の腹の虫が自己主張を始める。
「あらあら、また朝ご飯を抜かれたのですか?」
「………はい」
キエフが貧しい生活をしていることを彼女も知っていた。
そして苦笑とともに、コルティはキエフの前に黒を基調とした模様の布で包まれた弁当箱を眼前に見せる。
「す………すいません」
毎回の流れにキエフは頬を赤らめながら、申し訳なさそうに弁当を両手で受け取った。
「………これじゃぁ、今月のお家賃も怪しそうでしょうかね」
コルティは掌の上に頬を乗せ、傾げる首を支えようとする。
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