第一章 貧しき人形使い

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「い、いえ。今日の稼ぎで何とか払えると思います!」  いい年をした大人が弁当を用意してもらい、家賃も滞納させたとあっては世間体が甚だ悪い。  仕事とはいえ、子どもを模した人形を持ち歩いているだけに、近所では様々な憶測が飛んでいることを彼は知っている。言われているキエフ自身は、苦笑いする程度の問題であっても、コルティを含め、彼にとって親しくしてくれている人までもが、同じ印象をもたれることには耐えられなかった。  故に、キエフにとって今日の仕事では何としてもお金を稼ぐ必要性に迫られた。 「気を付けていってらっしゃい」  コルティが手を振り、キエフを見送る。 「おぉ、キエフ君じゃないか」 「シュタインさん。おはようございます。今日もお元気そうで何よりですよ」  建物の外に出ると、この時間で最も日差しが当たる場所で1人の老いたリザ―ドマンが異国の盤上遊戯で遊んでいた。  キエフは彼の実年齢を知らないが、乾燥しひび割れた硬い青鱗の顎から生える白髭や鱗の劣化の激しさから、かなりの高齢なのだろうと想像していた。 「キエフ君の作ってくれたこの椅子。随分と体に合って助かっとるよ」  シュタインがゆりかごの様に椅子を揺らし、乾いた口で優しく笑っている。 「ありがとうございます」 「この机も、ショーギの駒も板も、何もかも用意してくれたしのぉ」  キエフがこの建物に住む前から、同じ建物に住んでいるシュタインは、毎日同じ生活を繰り返している。時々話し相手になることもあったが、大戦時の話になると、話が壮大過ぎて、どこまでが本当の話なのか分からなくなるのも、いつもの流れであった。
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