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「君の絡繰りとやらも、それはそれは大したものだが、儂の様な客の好みに合わせて家具を作って売れば、もっと稼げると思うんじゃがのぉ」
「………ええ。私も、そう思うこともあるにはあるのですが」
これもいつもの会話であった。キエフは老人の機嫌を悪くさせない程度に苦みを見せた表情をつくり、適当に笑って返す。
そこにコルティが箒を持って再び現れた。
「シュタインさん。キエフさんはこれから仕事なんですから、あまり呼び止めてたら可哀想ですよ」
彼が言いづらかったことを、コルティが簡単に代弁する。
「そうか、そうか。それは済まなかった。気を付けて稼いでくるといい」
「ええ、行ってきます」
シュタインが震える手を上げ、キエフも表情を柔らかくして会釈して返した。
まだ朝になったばかりのゲンテの中心街は、空いている店舗も少なく、人通りもまばらである。それでも宿屋や問屋といった職に関わる者達にとって、この時間は何よりも貴重なものであった。
時折、大量の野菜や商品を積んだ馬車がキエフの横を通り過ぎるが、後から追いかけてくる風の冷たさが肌を洗っていく。朝の空気は、濁りのない澄んだ空のように体を清めていくようであった。
キエフは吹く風に合わせて大きく息を吸い、そして吐く。それを何度か繰り返すだけで、重い荷物を運ぶ疲れが僅かに癒されていく。
十分後、キエフは中心街から北の大通りに到着する。
「まずは、領主の館付近、昼食後は中心広場の噴水周りだな」
1日の予定の大枠を定めたキエフは、北の大通りから東に1区画入った領主の館付近の小広場に到着し、荷物を降ろし始める。この時間から僻地を狙うような同業者の姿はなく、彼は一番視界が開けた赤レンガの塀の一等地を確保することに成功した。
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