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今日の仕事で使う曲を鼻で歌いながら、使い古した大きな布を石畳の上に引き、背負ってきた木箱を重し代わりに後ろの隅に置く。そして木箱から人形や世界を表現する木の枠を取り出し、人形に糸を通し始める。
「さぁ、今日もたくさん稼いでおくれよ」
右手の指に糸を括り付けた革の指輪をはめ、キエフが器用に指先を1本1本動かした。
すると、女性の服を着た人形は、まるで命を吹き込まれたかのように立ち上がり、腕を振り下ろしながら一礼した。
さらに左指にも別の指輪を通すと、今度は男性の服を着た人形が立ち上がり、右手の人形に近寄ろうとする。
「こらこら、それは仕事じゃないだろう? あ、ほら、言わんこっちゃない」
男性人形が女性人形に頬を叩かれ、1周して倒れ込んだ。
絡繰り師であり人形使い。それが彼の職業であった。
彼の足元で生み出される人形劇は子どもの時間を忘れさせ、目を輝かせるほどの人気振りだが、その外側から見ている大人達からしてみれば、良い年の大人が人形劇に専念して日銭を稼いでいることは、あまり理解されなかった。
かといって、劇場で披露するには彼の足元の世界は小さすぎ、石畳の上に集まる観客が投げ入れる金銭だけでは、十分な生活をすることはできない。さらに言えば、ほとんどの観客が最後まで彼の劇を見ることなくその場を立ち去り、最後まで見た者達の半数は無料で去っていく。
「さぁ、一緒に頑張ろう」
それでも彼は定職に就くことをせず、今日も人形劇を続けていた。
キエフは木箱から黒髪の人形を取り出すと、塀を背もたれにするように折り畳みの椅子を広げて彼女を座らせた。そして日よけの黒傘を人形の白い肌の手に握らせる。
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