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遠くから見れば、本当に黒髪の少女が良家の娘の様に見える。
そんな少女の姿に驚き、瞬きしながら近付いてくる観客も少なくない。それほどまでに精巧であっても、近付けば人形だと分かり、生物としては無機質で、最後には不気味がってその場を離れる観客も珍しくない。
それでもキエフは気にすることはなかった。この人形劇をしている時間が最も充実し、自分が1人ではないと実感させてくれる。
「さぁ、さぁ、ゲンテの街名物の人形劇はどうですかぁっ!?」
人通りが増え始め、朝の買い物を終えた人とこれから買い物に行く人の数の均衡が取れ始めた頃にキエフは手を叩き、道行く人に聞こえる陽気な声で呼びかけた。周囲の人々に声をかけながら両手の指を動かし、膝の高さまで伸ばした木造の世界で、白い鎧を着た騎士人形と魔王とが一騎打ちを繰り広げている。
彼の目の前を通り過ぎる住民達は、視線こそ精巧な人形が勝手に動くような様子に向かうが、足が止まる気配はない。子ども連れでない限り、朝から家を出てくる目的をもった人々にとっては、彼の人形劇を見ようとする選択肢はない。
「さぁ、今日の演題は『星降りの天災』だ! 今から50年前に起きたと言われる戦争の終結の原因、天から降ってきたお星さまの事件だよぉ!」
キエフは慣れた口調で通行人を呼びかけ、観客を集めようと様々な謳い文句を並べた。
気が付けば、キエフが陣取った小広場にも、大通りで場所取りに失敗した商人達が座敷を広げて商売をし始めていく。露天商にとって、商品が余所と重複しない限り、それは自分にとっても客である。それは人形劇を営むキエフにとっても、同じであった。
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