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「カデリアの勇者は、ついに魔王との決戦に挑んだのです!」
強弱を跳ねて大袈裟に語る。キエフの膝元では白い鎧を着た男が、銀色の髪をした黒ずくめの魔王と剣を交えていた。人形は前後に動くだけでなく、剣を振りかざし、さらには左右にも動きながら、まるで本当に戦っているかのように、目を輝かせる子どもの前で踊っていた。
時刻は昼前。ようやく小さな子どもを連れた大人の数が疎らに増え始める。最初の客は、同じ小広場で商売するよしみの挨拶代わりで置いて行った商人の銅貨だったが、次第に小広場に集まった人々からも数枚の銅貨が置かれ始めた。
近年のウィンフォス王国の教育改革は、極東のゲンテの街にも浸透し、かつて労働者として重宝していた少年達は、昼過ぎまで学校に通うことが定められた。子どもを集客の要にしているキエフにとっては苦しい話ではあるが、国に文句を言う訳にもいかず、今日も生活のために、子ども達から親が握らせた銅貨を受け取るしかなかった。
「………ふぅ」
昼前の小休止。
キエフは4度目の講演を終え、最後の観客が歩き始めるのを確認すると、溜息をつきながらその場に座り込み、久々に解放された左右の指を何度も握っては開き、その疲れを労った。
「この辺りはそれなりの所得の住民が多いからな………程よく稼げるのは助かるね」
正面に置かれた投げ銭入れの木箱を回収し、貨幣が擦れる音を聞いて満足する。殆どが銅貨ではあるが、2,3枚ほど銀色の光沢が見えるのは、良い傾向であった。
「スクヴィラもご苦労様」
太陽の角度が変わり、キエフはそれに合わせるように少女が持つ日傘を傾け直す。
「できれば、君も動かせればいいんだけれどね」
精巧に作りすぎた彼女は、既に人形の域を超えていた。内部は複雑な歯車や絡繰りが仕組まれており、手足を曲げたまま固定させることが可能で、日傘程度の重さであれば、それを維持するだけの機構も兼ね添えている。
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