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序 章 家族の休日
毎週訪れる休日は、必ず家族と共に外出し、妻の目利きと気分で選んだ食材の荷物を持たされ、娘の我儘で手頃な装飾品を買わされる。
父親としては、荷物持ち兼付き合わされている役目であることを理解しているものの、2人の笑顔が見られることは、この上ない喜びであった。
そして買い物の後は、街の食堂街で食事を済ませるのが決まりであった。
今日の昼食は、娘が選んだハンバーグという新しい食べ物を扱う店である。王都で発祥し、その名を轟かせた有名店も、ようやくこの極東の街にまで系列店ができたらしい。開店から半年しても予約すら難しかっただけに、さすがの娘も友達に自慢する程に楽しみにしていたようである。
だが、この日は偶然にも露天商が石畳に並べていた商品に父親の目が奪われる。そこでは仕事で使っていた道具や修理に必要な素材が格安で売られていたのである。
白いフードから翠髪が僅かに見える女性商人は、父親の視線に気が付いて声をかけると、使う人間にしか分からない専門用語と共に、父親が手に取れそうな値段を次々と口にして、その足を止めさせる。
彼の妻も娘も、自分の買い物に費やした時間を棚に上げ、父親に向けて早く済ませるようにと笑いながら声をかけてくる。
だが父親は露天商の前で腰を下ろし、次々と商品を手に取っていた。
ついに、妻と娘は呆れ果て、先に行っていると言い残して、予約した店へと向かった。
父親も、それほど時間をかけるつもりはないと手を上げて2人の行動を了承した。たまには自分だって買い物に時間をかけたいとの欲求が、いつもとは違う行動を許してしまったのである。
誰が見ても、その行動について父親の非は全くなかった。
だが、それが最期の別れとなるとは、父親は知る由もなかったのである。
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