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ただの幼馴染みとは言っても、三度だけ体の関係を持ったこともあった。
当然、恋人がいない期間でのことであったが、文彦にとってその三度の経験は、雪の降る夜に見る、知らない土地の景色のようなものだった。
朧げでよく覚えていなかったし、どこか寂しくて、元の場所に戻ってこれなくなってしまうのではないかという不安もあったけれど、このまま何処までも行ってしまいたいような、無性にわくわくした気持ちも含まれていた。
けれど二人は必ず元の関係に戻ってきたし、厚美と経験した夜は誰に語られることもなく、文彦の中に大事な記憶として、ひっそりと壁画のように残り続けた。
文彦が二十七歳になった日の夜に、彼女と三度目の性行為をした。
次の日の朝、厚美は少し寂しそうな目をして、「私達はそういうのじゃないもんね」と言った。
文彦は静かに頷いたけれど、その時に湧いた感情の種類は今でも分からないままでいた。
暗くて柔らかい、ひんやりとしていてどろどろとした、不思議な感情だった。
それからは体の関係を持つことはなかったし、持ちたいと思うこともなくなった。
彼女と会う度に、「私達はそういうのじゃないもんね」という言葉が、必ずどこか心の奥深くで響いていた。
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