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「もう、体調はいいの?」
文彦は彼女の顔に残された涙の跡が気になっていた。
まだ、鬱病は治っていないのではないのか。
厚美は小さく首を振った。
それから、「もうね」と全てを悟ったような笑顔を見せた。
「もう、治ることはないと思うんだ。どう頑張ったって、頑張らなくたって、しんどいの。疲れるの。友達は文くんしかいないし、家族は不安定な私を避けてるように思う。社会との関わりもなく、ただここで、この何も無い場所で、文くんが来てくれるのを待つだけの日々」
厚美はぽろぽろと涙を流しながら言った。
「何がこんなにも私を悩ませているのか分からないまま、私はずっと病んでいる。精神科医にそう話したら、症状は快復に向かっているし、そろそろ社会復帰してみるのもいいかもしれないと言われた。その言葉を目標に、私はこの暗い数年間をなんとか生きてきた。けれど、その言葉が今度は、とても重たく感じた。私は無力なのだと感じた。身体が重たくて動かなかった。快復していると私も思っていたし、文くんもそう感じていたと思う。医者でさえそう言った。それでも、私は動くことができなかった。『社会復帰』という言葉が頭の中に響く度に動悸がした。私は一生、この狭いワンルームに縛られて、金魚鉢の金魚のようにゆらゆらと揺れるだけの一生を過ごすのか。それは嫌。でも身体が動かないの。硝子の膜が私を包囲しているの」
彼女がこんなにも多くの言葉を一息に語ったのは初めてのことだった。
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