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文彦は路地を駆けた。
その手には、厚美が食べたいと言った手作りのワッフル。
タッパーの中でがたごとと音を立てて揺れているのがわかったが、走らずにはいられなかった。
塀の上を闊歩していた黒猫が、文彦を避けるように塀の向こうへ飛び降りた。
普段から人気の無い道ではあったが、今日に限っては人々の生活の匂いさえも消えているような気がした。
厚美とは長い付き合いだった。
小学生からの幼馴染みで、昔から暇さえあれば彼女の家に遊びに行った。
中学では思春期に入ったことで少し距離があいたが、同じ高校に入学してからは、互いに糸を手繰り寄せるように、また親密な関係を取り戻していった。
高校卒業後は二人とも別々の会社へ就職し、それでも週に一度は休みを合わせて、居酒屋や自宅で酒を飲みながら愚痴を言い合った。
喧嘩も数え切れないほどしたし、どちらかに恋人がいる期間は会えないこともあった。
文彦は恋人がいても厚美と会いたいと思っていたし、彼女もその気持ちは同じだった。
けれど、恋人にその想いを伝えると、必ずと言っていいほど、「じゃあその子と付き合えば」と言われた。
たとえ相手がただの幼馴染みであったとしても、異性と頻繁に会う行為は恋人を苦しめる。
二十歳を迎える頃には、二人はそのことを十分に理解するようになっていた。
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