橋本紗英

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 当日、私を誘ってくれた高輪さんと友人の山下さんの3人で居酒屋に着いた。  だが、少し早かったようで、合コン相手は来ていなかった。  私は一人でトイレに寄り、居酒屋の狭い通路を歩いていた。すると、半個室になっている部屋から、私を誘ってくれた高輪さんと山下さんの話声が聞こえる。 「あの子、おとなしいし、引き立て役にピッタリでしょう」 「人数合わせとはいえ、そんなこと言ったら橋本さんに悪いよ。でも、パッとしないし引き立て役にはいいかもね。変な人が混じっていたらあの子におしつけちゃおう」 「それこそ、橋本さんに悪いよー。アハハ」 と笑う声が聞こえる。  「なにそれ⁉」  居酒屋の狭い廊下に立ち止まり、ショックで頭の中が真っ白になってしまった。親切で誘ってもらったと思っていたのに、自分が嘲りの対象になるなんて、考えたこともなかった。  人との付き合いが無かった私は、人の汚い部分にも触れることが少なかったのだ。本音と建前の見わけもつかず、上手く立ち回ることもできない。  母のいう事を聞いて今まで、どうにか行動をしていたのに、もう、私に何かいう母はいない。    急に自由の翼が重たく感じた。  私に何かを言ってくれる母はもういない。  席に戻ると何食わぬ顔で、私を嘲っていた2人が話し掛けてくる。  表の顔と裏の顔の二面性が恐ろしくなって、早く帰りたくなった。    すると、誰かにじっとりと見られている気がして、無意識に母の姿を探した。  居もしない人の面影を探すなんて馬鹿みたいだと思いながらも母の姿を探さずにはいられなかった。  母の教え通りに行動していないから、嫌な思いをしたのだ。  すると、また、じっとりとした視線を感じる。  それは、お店のディスプレイで飾られた観葉植物の影からなのか、柱の裏からなのか、思わず母の姿を探す。  
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