橋本紗英

1/6
31人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

橋本紗英

母が死んだ。 私は、悲しくもあったが安堵もした。 何故なら、これで母の呪縛から解放される。 幼い頃から”躾け”という名の愛情に私は長年苦しめられていた。 何か自分の意に沿わないと私をじっとりとした瞳で見つめ威圧する。 その目から逃れ、やっと自由になれる。 母が眠る、白い布団の盛り上がりを眺め、線香の煙が燻る中、そんな事を考えていた。 靴の脱ぎ方、箸の上げ下ろし位の躾けなら何処の家にでも有るだろう。 学校で何を勉強したか、宿題やったか、テスト何点だった、誰と遊んだ、何を食べた、ゲームはダメ、マンガはダメ、テレビはダメ、ゴロゴロしてはいけないなど、じっとりとした目で逐一監視され、まるで母の言うことを聞く橋本紗英と言うロボットであった。 父はどこかの街に単身赴任をしていて、たまに帰って来ては頭を撫でて出ていくだけで、私と母の関係について疑問に思う事もなかったようだ。 大人になると”躾け”という名の干渉は”心配”と言うものに名前を変えていて、服装、帰宅時間、人との付き合いまで厳しく管理され、恋人は愚か友人さえも作る事が出来なかった。 母の決めた帰宅時間を過ぎると、何故遅れたのか、誰といたのか、正座をさせられ、母と向き合いすべてを話すまで開放されず、じっとりした目で見つめられる。 カフェでゆっくり友人と雑談も出来ないような環境に息が詰まる。 新しく知り合った人も最初のうちは何回か誘ってくれるが、そのうち、声が掛らなくなる。そんな事を繰り返し私は学校でも職場でも孤立をしていった。 母のじっとりとした陰湿な目が怖かった。 やっと、その目から逃れられたのだ。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!