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『6』
クリーム色の塗装された鉄製のドアが目前に立ちはだかり、久本は一度大きく深呼吸をしてから鉄製のドアノブに手を掛けた。その見た目とは裏腹にドアノブはカチャッと軽く、スムーズに開かれた。すると中にはこちらに背を向けた神谷がいた。神谷は振り返り「おうっ」と言う。
こんちわ、と久本も挨拶をし、近くにあったパイプ椅子に腰掛けた。ここは昨日神谷がレンタルしたスタジオだが、久本はもっとダンススタジオの様な雰囲気の場所だと思っていた。だが、実際にレンタルされたスタジオは、床はグレーのカーペットになっており、今から面接でも行うのか?というほどに地味で事務的な雰囲気の二十畳ほどの空間だった。今腰掛けているこのパイプ椅子もそうだが、前回使用した人達はおそらくビジネスマンで、ここを会議か何かで使用したのだろう。移動式の長テーブルが四つ向かい合わせに並べられており、パイプ椅子も机に合わせてハ席用意されたままになっている。
「そのテーブルと椅子適当に隅に寄せといてくれないか」と神谷が言うので久本は、はいと返事をし適当に隅へと押しやった。神谷は黙ってその様子を傍観し、煙草に火を点けた。久本は、今のご時世多分ここは禁煙だろうとも思ったが、何も言わず神谷の言葉を待った。そしてフーッと天井に煙を吹き上げ、神谷が言葉を放つ。
「てか何でジャージなんだ?」
動きやすい為です。と言う返事が帰って来るのが分かっていたが、神谷はあえて久本に問いかけた。
「え?だって訓練でしょ?そりゃあ動きやすい格好はジャージでしょう」
神谷から「はぁ…」とバカかこいつはという呆れと、単純だなという愛おしさが混じったため息が漏れる。
「お前な、これは格闘技の練習じゃないんだ。ヒットマンとして実戦で戦う為の訓練だぞ?普段から着ている服装で動かなきゃ意味ないだろうが 」
「あっ……!」
「まぁいい、次からは普段着で来い」
「すいません…」
背後に、チーンと言葉を描きたくなるほど久本は己のバカさに意気消沈していた。だが神谷はいちいち慰めるほど優しい人間ではないから話を続ける。
「まず訓練に入る前にお前の今の実力を把握したい。自分のやり方でいいから掛かってこい」
「もういいんすか?」
「おう。準備運動が必要ならさっさとしろ。とりあえず今回はお前の好きにすればいい」
久本はジャージの上着を脱ぎその場でストレッチを始める。神谷はジーンズにパーカーといういたって普通の格好だ。しかも上着を脱ぎもしないで久本がストレッチを終えるのを煙草を咥えながら待っている。
「余裕ですね」と久本が言うと、まぁな。とにやけながら煙を吐いた。そのあまりにも余裕をぶっこいている様子に少し腹が立った久本は「もういけます」とストレッチを途中で切り上げた。
神谷はジーンズに手を突っ込んだまま、久本の正面に立つ。その距離三メートル。そんな神谷を前に久本はしっかりと構えをとった。左手はジャブを放てるよう体の前に出し、右手は顎を守る為に少し引いたボクサーの基本構えだ。
「ふっ…いつでも来い」
神谷はそう言うと左手をジーンズのポケットから出し、ちょいちょいと手招きした。
「シッ!!」
久本はまだ神谷が手招きを終えていない状態だったのにも関わらず、顔面にジャブを放った。基本的にジャブとは相手との距離を測る為のフェイク。ボクシング経験のある久本の体には、そのジャブで相手との距離を測るというセオリーが染み付いていた。そもそもなぜジャブを放つのか?それは相手との距離をキープし相手に自身の懐に入らせず、なおかつこちらの利き手での打撃をジャストミートさせる為に相手との距離を定める為である。久本のジャブを神谷は上体を後ろに反らしながらかわした。そこで久本はかわした神谷との距離をジャブを放ちながら一気に詰め、神谷を壁際まで追い込んだ事を確認すると、渾身の右ストレートを顔面へ放とうと力を込めた右腕をやや後ろに引いた。が、そこで体が宙に浮き、次に視界に入ったのはスタジオの天井だった。目を見開いたまま天井を眺めていると、天井への視線を遮る様にぬっと神谷の顔が出て来た。
「ズドン!はい、死亡」と一言呟き、神谷は手を貸し久本を起き上がらせた。え?あれ?とまだ現状を把握できていない久本に神谷は言う。
「色々説明する事はあるが…とりあえず、あぁやって倒されるとこの世界じゃ本当に死ぬぞ。これは試合じゃなく、言うならば死合だ。レフェリーもいないし何でも有りなんだ」
久本は手順を含め、自分の戦い方に自信があった。だが神谷は初めて久本に会ったあの夜に続いてまたも玉砕した。もちろん久本も神谷には敵わないと理解はしていたが、ここまで簡単にやられるとさすがにプライドが傷付く。
「お前が腕っぷしが強いのは認める。だがな、俺達のいる世界の戦いには通用しない。言っている意味分かるよな?」
「はい…」
実は久本も薄々感じていた。自分の腕っぷしの強さを発揮できるのはあくまで素人が相手の時だと。だからこその訓練だと自分に言い聞かせ、腐らず前向きに教えを乞う事にした。
「あの、何が良くなかったか教えてもらえますか?」
神谷はもちろんと言うとその場に腰を下ろしあぐらをかいた。「ほら、お前も座れよ」と久本に言い新しい煙草に火を点けた。
「まずダメ出しする前に質問だ。なぜジャブを打った?」
「なぜって…相手の出方を伺う為…ですかね」
「出方を伺ってどうする?」
思っていた以上に掘り下げて質問をする神谷に少々疑問があったが、 それは相手の隙を見て良い攻撃を入れるためですよと正直に答えた。だが神谷は首を横に振った。
「はっきり言ってナンセンスだ。仮にその良い攻撃が決まったとして、相手を殺せる様な代物なのか?言っとくが実際は映画や漫画の様に簡単には相手を失神させる事はできない。たまに格闘技の試合で見るけど、あれは疲労の影響が大きい」
「じゃあ神谷さんが言うヒットマンとしての戦闘ではどういった攻撃が正解なんですか?」
神谷は煙草を消し説明を始めた。「まずそもそも実戦の格闘は相手を倒す為にするもんじゃない。相手を殺しやすくする為だと考えろ」
「相手を殺しやすくする為?」
「そうだ。例えば相手の体勢を崩したり、喉や目を潰して意識をそちらに向けさせたりといった具合にだ。だから極端な事を言うと、構えも必要ないんだよ。ジャブを打って出方を伺う必要もない。先手必勝で急所を潰せばいいんだから。そして最後にナイフや銃で止めを刺すだけの事だよ」
「イメージはできますけど…逆にそれむずくないですか?」
神谷は、俺も始めはまったく分からなかったよと笑い、少しづつ丁寧に教えた。
「イメージしろよ?目、鼻、喉に打撃を与えられたら体はどうなる?」
久本は神谷に言われた通り、目を閉じてイメージする。
「目なら一瞬見えなくなって涙が出ますね。で、鼻でも鼻血が出たり涙が出ます。喉は呼吸が出来なくなります」
「よし、じゃあその時手はどこにいく?」
「手ですか?手はー…とっさに打たれた所を押さえる様に動くんじゃないですか?」
「その打たれる場所が肩だったらどうだ?」
「戦闘中はアドレナリンが出てるから…肩ぐらいだととっさに押さえたりとかはないんじゃないですか?」
「そう。だから急所以外への攻撃は基本的に無意味だと思え。場合によっては必要な時もあるが、今は無駄な攻撃だと認識していればいい。それと拳を使うのはやめろ。いつか痛めるぞ」
「拳を使うのはやめろって…じゃあどうやって打撃を入れるんですか?」
神谷は自身の手でチョップの形を作り「手刀と掌底だ」と言った。
「そんな忍者みたいな攻撃で大丈夫なんですか?久本にはもうひとつ理解来ない様だ。
「それで十分だ。拳を痛めたらろくに武器も握れないからな。後は肘での攻撃も有効だから覚えとけ」
「肘ですか。分かりました」
じゃあもう一回だと神谷は立ち上がる。今度は神谷もパーカーを脱ぎ足元へ落とした。先ほど神谷から構えば不要だと言われたが、張り詰めた空気に飲まれそうだった久本は再び構えを取った。すると神谷は蹴りのモーションに入る。この距離では蹴りは届かないぞと久本が思った瞬間。グレーの布が久本目掛けて飛んできた。そう、それは神谷が足元へ脱ぎ捨てたパーカーだった。パーカーだと認識して右手で飛んで来たパーカーを振り払うと同時に、右横腹に衝撃が走る。横腹に神谷の手刀がめり込んでおり、たまらず久本は体をくの字に曲げる。そこへ神谷の容赦ない肘打ちが久本の左のこめかみに振り下ろされた。痛みよりも衝撃の方が強く、脳が揺れ脳震盪が起きる。倒れそうになり、地面に手をついて体勢を立て直し顔を上げた瞬間、眼前に神谷の蹴りが迫っておりノーガードの状態でもろに蹴りを食らった。蹴り飛ばされ目を開けると、またあの天井だった。今度はさっきとは違い、鼻血のおまけ付きだ。久本は起き上がろうと体に力を入れるが、足がガクついてうまく立てない。
「多分脳震盪が起きてる。そのまましばらく寝とけ」
神谷は久本の顔の横にまたあぐらをかいた。
ここまでレベルが違うのか…久本は悔しくて泣けてきた。徐々に眼球に涙がじわっと溜まり始めたのに気が付いた。鼻をすすり、黙り込んだ久本の隣で神谷は何も言わず煙草に火を点けた。そして一言、「初めから出来る人間なんていねーよ」とだけ言った。普段からぶっきらぼうで、喜怒哀楽をあまり出さない神谷の優しさを感じると同時に、慰められている自分が情けなくて余計に泣ける。
「見込みがない奴に教えるほど俺も暇じゃねぇよ。だから気にすんな」
「はい。てか神谷さんて…意外と優しいんですね」
「うるせーよ。くだらねぇ事言ってないで早く回復しろ。俺の時間給は高いんだぞ」
はいはい、と久本は体を起こして深呼吸した。口元と胸辺りが鼻血で真っ赤に染まっている。
「いっぺん便所で血洗って来い」
数秒前まで優しかった神谷がいつも通りの冷たい口調で言う。
「誰のせいだよ」と久本も笑いながら小言を言い、便所へと向かった。
「くそっ、血って固まるの早ぇーな。全部取れねぇぞこれ」
Tシャツに着いた血は洗濯するとして、できる限り顔に着いた血を洗い流そうと試みたものの、全部は取れなかった。スパゲッティーを食べた後の子供の様な顔でスタジオに戻ると、神谷も久本の顔を見てなんじゃその顔、と笑った。
「まだやれるか?」
「もちろん」口元についた血が気になるのか、久本は手で口を拭い続けた。
「よし…とにかく今は基礎を叩き込む。そして順を追って対ナイフの格闘も教えるからな」
「この神谷さんの基礎は痛ぇから早くステップアップしたいですよっ……!!」
今度は神谷の号令なくして久本は神谷の左側頭部へ右ハイキックを放った。不意を突き、経験上このタイミングは完璧だった。しかし蹴りが当たるかどうかのタイミングで神谷は一気に前進し、久本との距離を詰める。そして蹴りをの威力がピークに達する前に、左腕でしっかりとガードを取り、同時に右手で久本の首を掴んだ。首を捕まれた久本は一瞬呼吸が出来なかったが次の瞬間、片足立ちになっている左の軸足を蹴り払われた。久本の体はまたもや宙に浮く。しかも今度は首を捕まれているので、浮いたと同時に、首を捕まれたまま地面に叩き落とされた。自身の全体重が乗ったまま背中から地面に叩き落とされた事で久本は呼吸が出来ない。本日三回目になる天井との睨み合いだった。
「本当にバケモンじゃないですか……」久本は天井から視線を外す事なく言う。
「一応師匠だからな。そんな簡単にやられる訳にはいかんよ」
「いやいや。それでもその強さはおかしいですよ。いてて…」
久本は上体を起こそうと試みたが、背中を強打したせいでしばらくは動けそうもなかった。
「でも多分、中野は俺より強いよ」と神谷がボソッと言った。
「え?」久本にはかろうじて聞こえなかった様だが、神谷の不安は伝染した。
「神谷さんの師匠だった中野はどんな戦い方をするんでしょうね」
「長らく会ってないからな…正直想像がつかない。俺よりもまだだいぶ歳上だし、老いた分以前よりも腕が落ちているかも知れん。逆に年齢のハンデを消す為に新たな俺の知らない殺しのスキルを身に付けているかもしれない」
「じゃあ今の中野の戦闘力は未知の領域って事ですね」久本はゆっくり上体を起こした。
「中野より先にまずは小倉だ。元力士ならば腕力は相当なもんだ。戦闘になって小倉に捕まれたらこんなもんでは済まないぞ」
「早急に対力士の戦い方を考えないといけませんね。何か良い策はありますか?」
ある、と言ってくれと願いを込めて久本は神谷へ問いかけた。が、神谷の返事は最悪の回答だった。
「ない。俺自身力士とやり合った事がないんだ。正直想像もつかないよ」
「まじですか」と久本は落胆する。しかし小倉と接触する事は姫村組会長の鬼塚や中野に接近するには必須の条件だ。避けては通れない。
「素手での格闘訓練をつけていてこんな事言うのもあれなんだが…」と神谷が言いにくそうに切り出す。
「なんです?」
「この格闘は力士相手には全く通用しないと思う。何せ捕まれたら終わりだからな。素手で小倉の体に触れるのは絶対だめだ」
「じゃあ小倉を拘束するのは、もはや無理ゲーって事ですか?」
「おそらく。殺る覚悟でいって五分といった所かな」
「神谷さんは、もし今目の前に小倉が居たとしてどうやって戦いますか?俺は神谷さんの考え方を知りたいです」
神谷はイメージする。今もしここで…あの扉から小倉が入ってきたら俺ならどうする?
「ちなみに武器の携帯は有りの状態か?」
「えっ?まぁその辺は任せますよ。いつもの神谷さんの状態で」
いつもの神谷ならナイフは必ず携帯している。再びイメージする。小倉が扉を開けこちらへと歩いてくる。元力士という自信からか足取りはゆっくりだ。神谷は小倉に体の正面を向ける。そして互いに対峙し、数秒の間が生まれる。まず小倉から先手を打った。その見た目とは裏腹に、ものすごいスピードで距離を詰めてくる。たまらず神谷はバックステップでかわそうとするがここはスタジオだ。広さはない。そして後ろへ下がった神谷は壁に背中を打つ。「あっ」と思った瞬間、小倉の手が神谷の喉元まで伸びて来て神谷は首をものすごい握力で捕まれた……
深呼吸をし、もう一度イメージする。対峙した小倉がまたもや猛スピードで距離を詰めてくる。今度は後ろへ引かず、横にかわす。かわすと同時に小倉はその場に踏み留まり、神谷がかわした方向へノールックで張り手を放つ。顔面に向かって飛んでくる張り手を腕を使い、かろうじてガードした。「バシィィ!」と肉のはたかれる音がスタジオ内で響き、次の動きに移行しようとした時…ガードした神谷の腕は痙攣し、胸より上に上がらなくなっていた。そうこうしている間に小倉はまたも神谷に向かって突進して来る。苦し紛れの蹴りでの金的を放つが、肉厚な小倉だ。金的による痛みの信号が脳へ届くのが常人よりも数コンマ遅い。そしてまた小倉に首を捕まれた。ここでようやく金的による痛みか、小倉の表情が少し強張った様に見えた。が、そのまま全パワーを振り絞った握力で首を絞められた。
神谷はゆっくりと目を開けた。眼前に真顔の久本がいる。
「どうですか?」
「あくまで今ここに小倉が現れたら…という想定でイメージした。結果、二度戦って二回ともやられてしまった。やはり素手では難しい。殺すしか無さそうだ。鬼塚や中野の情報は殺した後にスマホをかっぱらって探ったらいい」
「神谷さんにそこまで言わすなんて…小倉は何がそんなに優れているんですか?」
神谷はスマホを取り出し何やら検索を始めた。
「お前は俺より相撲に詳しいからもちろん試合も見た事あるよな?」と言い、動画サイトの一番上に表示された相撲の試合を再生した。見た事がある力士同士の一見何の変哲もない試合だった。
「これ見て何か感じるか?」
久本はうーんと首を捻り「強いて言うなら…」と続けた。
「強いて言うなら、やっぱり動きのろくないですか?力士って」
「本当にのろく見えるか?」
何か的外れな事言いましたか?と久本は首を捻った。
「力士ってのはな、太ってるから力士じゃないんだよ。相撲の世界で勝つ為に工夫しながらわざと太っているんだ。同じ体重でも力士とそうじゃない奴となら筋肉量と運動神経の桁が違う。だからあいつら力士は俺らの想像以上のパワーとスピードを兼ね備えているんだ。この動画でもスピードとパワーのある力士同士がやり合ってるから動きが遅く見えるだけで、片方が素人ならものすごい速く見えると思うぞ」
「じゃあ力士は動けるデブって事ですか」
「まぁそういう事だ。さすがにあの体だと下半身…足技は無理だろうけどな。警戒すべきはタックルと張り手、それに絞め技かな」
なるほど。で、どうやって仕留めますか?と神谷に尋ねると「二人掛かりでいく」と神谷は即答した。もしかしたらこれも訓練だ、と一人で行かされると思っていた久本は安堵した。
「数日中に小倉を殺る。お前には最低限の格闘スキルとナイフでの戦闘を叩き込む。それと俺がいない所では、人体の構造を徹底的に頭に入れろ。臓器の位置と種類、動脈の数も全てだ」
「人体の構造って…そんなのなぜ必要なんです?」
「正直、頭と股関だけを急所と認識されていたら足手まといだからだよ。股間はともかく、頭が急所なんて誰でも知っている。だから戦闘になれば相手が素人だろうと反射的に本能で頭を守る。そうなった時こちら側は他の急所を知っていると瞬殺できるが、知らなければそれなりの手数を相手に入れなければいけなくなる。手数を出せばこちらも疲弊し、隙が生じる。俺達プロは数秒で決めなければいけない」
そんな大げさな!と久本は突っ込みを入れたかったが、神谷の目が真剣だったのと、今までの神谷の戦い方を見ていて決して大げさに言った訳ではないと悟った。
「何度も言うが、ヒットマンの戦いはスポーツとは違う。互いに構え合ってから、用意スタートで始まる事なんて稀だ。対峙して相手が状況を飲み込めていない状態でもナイフで頸動脈を切るぐらいの事はしなければいけない。スポーツじゃないからもしやられたら終わりだぞ」
「やられたらどうなるんですかね…」久本は想像しただけでゾッとする。
「そりゃあ俺らのターゲットになる様な奴はまともじゃないからな。拷問されて……その後は命は無いだろう」
正直かなり怖い。だが久本に失うモノは何もない。使命感と言えば少し大げさだが、自分の正義の為に戦って行く事を改めて覚悟した。
「それよりもう回復できたろ?続きを始めるぞ」
いつの間にか下を向いてしまっていた久本に対し、神谷が静かに声を掛ける。久本は「よしっ!」と自身の頬を叩き気合いを入れ直した。
そして久本は「おらぁぁ!」と神谷の首元を狙って、慣れない手つきで手刀を繰り出した。
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