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笑っているのか? 怒っているのか? まさか薄目を開けたまま寝ているわけじゃあるまい。ネヅは思わず体を乗り出し、相手の顔を覗き込んだ。
「まあ、落ち着きなさい」
と、口が動く。さすがに寝てはいなかった。
「この病気はね、焦ったところでどうにもならんのだよ。よく思い返してごらん。監禁状態といっても、四六時中、ずっと腹痛があるわけじゃないだろう? 出社時とか、人混みにいる時とか、何か大事な用事で緊張する時とか、要はストレスがかかる時に悪化しやすいわけだ。『病は気から』というでしょう? もっとゆったり構えて。泣いてる赤ん坊を相手にするような心積りでいなさいな」
ゆったりと……構えて? 何を言っているのだ、この老人は? こちらは家から一歩外に出れば常にトイレを探して右往左往する日々だというのに。
赤ん坊を喩えに使うのも的外れだ。泣く子と地頭には勝てぬとでも言いたいのか? ネヅには『治すのはもう諦めろ』と言われている気がした。苛立ちとともに下腹部へいつもの鋭い痛みが走る。
「IBSは二十代から三十代の若い人に発症しやすいことがわかっていて、年齢とともに改善されてゆくケースが多い。えーっと、根津さんは今……満で二十八歳か。まさにストライクゾーン。お仕事は忙しいのかな? ストレスの軽減と、健康的で規則正しい生活を心がける。薬も上手く使いながら、少しずつ改善させていくのが得策ですよ」
ストライクゾーンの、〝ゾーン〟をわざとらしく間伸びさせた言い方に、ネヅはもう何を言う気力も失せて、深く溜め息をつき、肩を落とした。
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