1. 新宿駅、冬

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1. 新宿駅、冬

   気づくと、逃げていた。    あまり長いこと逃げ続けていると、ときどき自分が何から逃げているのか分からなってしまうことがある。 (まったく、何もかもわけがわからない——)  駅の改札を抜けながらふとそんな考えが頭をよぎり、ネヅは(かぶり)を振った。余計なことを考える暇はない。約束の時間が迫っている。今は指定された場所にきちんとたどり着くことの方が先決なのだ。  キャップを深々と被り、すれ違う人々と目を合わせないようにしてそそくさと進む。コロナウィルスの蔓延はマスク着用を世の通例にした。鬱陶しさと息苦しさが常に付き纏うようになったが、それと引き換えに言いしれぬ安堵感を覚える人も少なくないだろう。SNSが普及した昨今、個人のプライバシーはいつどんな形で晒されるかわからない。今のネヅにとって、それこそが最も恐ろしい事態なのだ。    ふいに、腹部へキリリと痛みが走った。数年来悩まされている持病の腹痛だった。仕事を辞めてからだいぶましにはなったとはいえ、人ごみに入ったり、緊張したりするとすぐにぶり返す。待ち合わせ場所に着くまでトイレを我慢すべきか、それとも念のため今のうちに済ませておくべきか——。
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