1. 新宿駅、冬

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 腹が痛い。耐えきれず、最初に目についた駅構内のトイレへ駆け込んだ。個室に鍵をかけた途端、そこの床がひどく濡れているのに当惑する。が、今更仕方ない。早る気持ちを抑えつつ、アルコールスプレーで便座を丹念に拭いた。  ネヅは元々潔癖なたちだった。以前は公共のトイレ、しかも大便用など、よっぽどのことがない限り利用しなかった。腹の持病が全てを変えた。今はどこぞの誰の尻が触れたかも分からない場所に平気で腰を下ろしている。慣れとは恐ろしいものだ。  便器の上で貧乏ゆすりをしながら繰り返し押し寄せてくる下腹部の痛みに耐えていると、ふと、先程の女子高生たちのことが思い浮かんだ。 (画面の隅に死神が映ってる——)  そう言って悲鳴を上げる彼女たちに近づき、こう告げたらどんな反応が返ってきただろう。 (——)  以降、ネヅは黒い服を意識的に避けていた。何を着ていようが関係ない、あんな薄暗い動画だけで、誰が個人特定などできるものか。頭ではそう分かっていても、とならないようにしたかった。ワードローブのほとんどが黒で占められているネヅにとって、それはなかなか難儀なことではあったけれど。  スマホが示す時刻は既に7時15分を回っている。このままでは約束の時間に間に合わないだろう。ネヅはSNSのメッセージボックスを開きDMを送った。  @ネヅ《すいません、僕、少し遅れると思います》  すぐに返信がきた。  @サクラ《遅れる? どうして?》  @ネヅ《お腹が痛くて……今、新宿駅のトイレにいます》  @サクラ《この()に及んで逃げようってんじゃないでしょうね? そんな事、絶対させないから。もしそうなったとしても、あたし、絶対あんたのこと探し出すからね。たとえ、どんな手段を使ってでも》  @ネヅ《大丈夫です。必ずそちらに行きます》  ここで逃げるくらいなら、わざわざ週末の新宿なんかにやって来ない。こちらは少しでも人目に触れたくない〝噂の死神〟なのだから——キュルキュルと腸が捩れるような痛みに歯軋りしながら、ネヅは心の中でそうつぶやいた。
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