おつかいと森と狼と

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「はぁ、はぁ……つい走ってきちゃった」 紅ずきんは前屈みになり、手を膝に当ててぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返した。レーアは昔から嘘吐きだったが、年齢を重ねるにつれて嘘の度合いが酷くなっている気がしてならない。相手を平気で傷つける嘘、皆に迷惑をかける嘘……この前の狼が来るという嘘だってそうだ。村の皆が総出でレーアの家の羊達を守ろう、村を守ろうと動くまでに発展した話だった。レーアの父親は村中の家を謝罪して回っていた。そして今しがたの嘘は、まるで紅ずきんの両親が紅ずきんを疎んでいるかのような言い草だった。悪ふざけと呼ぶには余りにも酷い。 「どうしてあんな風になっちゃったんだろ…………」 紅ずきんには到底理解できなかった。自分をここまで育ててくれて、お腹が空けばご飯を食べさせてくれて、温かい寝床も用意してくれる。そんな両親に感謝の気持ちから、仕事の手伝いを率先してしたいと思いこそすれ、嘘を吐いて困らせ、迷惑をかけたいだなんて思えない。 スゥっと紅ずきんは姿勢を正して深呼吸をした。不愉快な気持ちなど吹き飛ばしてしまいたい。レーアの言動は謎だが、そんなことよりも自分には使命があるのだと頭を切り替えることに専念した。折角お気に入りの服装で精一杯可愛い恰好をして念願のおつかいに任命されたのだから、楽しい気持ちで行きたい。紅ずきんは口角を上げた。 そして、スカートのポケットから小さな紙きれを取り出した。そこには祖母の家へと向かう為の地図が書かれている。夢中で走って来たものだから、自分の現在位置の把握と、この後の道順の確認をしなければならない。周りを見た所、どうやら森に入って少しの所のようだった。両親と来た時に見たことのある景色な気がする。舗装、と呼べる程ではないが余計な雑草や木々は取り除かれた道に居る為、変に奥まった場所には来ていないようで安心する。 この整えられた道をそのまま進んで行き、鈴が巻き付けられた大木のある所を右に曲がれば祖母の家に着くはずだ。紅ずきんは地図を元のようにポケットにしまおうとした……その瞬間である。小さな"何か"が素早く紅ずきんの持っている籠からパンを奪っていった。 「何!?」 何かが着地した先に視線を落とすと、そこには小さな身体には不釣り合いなパンを咥えたリスのような生き物が一匹。そのリスは特徴的な見た目をしていた。まず毛並みは薄桃色で、つぶらな瞳は兎のように赤い。額にはルビーのような赤く輝く鉱物が埋め込まれていた。見たことも聞いたこともない生き物にパンを奪われて、紅ずきんは思わず数秒呆気にとられてしまった。しかし、すぐにその生き物に手を伸ばした。 「ごめんね、そのパンはおばあちゃんに届けなきゃいけないの。返してもらえる?」 謎の生き物は何も答えずそのままパンを口の中にしまい込んでしまった。本当にリスのようだ。紅ずきんは「あ!!」と声を上げることしかできない。流石によく分からない生き物が口に入れてしまったパンなんて祖母も食べたくないだろう。紅ずきんは伸ばした手を引っ込めて肩を落とした。謎の生き物は特に逃げることもせず、口の中にパンをしまい込んだまま紅ずきんを見上げている。 「は~……まぁ、一つくらいパンがなくなってもおばあちゃんは怒ったりしないよね。お母さん特製のパン、美味しい?」 生き物は答えない。ただ紅ずきんをじっと見つめるだけだった。紅ずきんはそんな生き物から視線を外し、改めて祖母の家に向かおうと生き物に背を向けて動き出した。と、同時に仄暗い森には不釣り合いな、青年の軽い低音が響いた。 「……美味かったよ、いつか借りは返すから」 「え……?」 声は紅ずきんの背後から聞こえた。それはもうクリアに。台詞の内容と今現在真後ろに居る……という点から予測するに、声の主は……。
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