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 大学の入学式を二週間後に控えた三月下旬。近安(ちかやす)ヒロシは、未だに四月から一人暮らしをすべきアパートが決まっていなかった。  ヒロシは第一志望の大学受験に失敗した。  ずっと真面目に勉強して、高校三年になってからは毎日毎晩、睡眠時間を削って一生懸命に受験勉強に励んだが、ネット上で公開される合否のページに、ヒロシの受験番号は掲載されていなかった。  数日、失意の極まったような日々を過ごしたが、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかぬ。すべり止めの大学にいつくか合格はしていたのだが、両親に頭を下げて一浪することを許可してもらった。  そして、予備校への入校手続きを進めていた三月のある日、第一志望の大学から、ひとつの郵便物が届いた。  大型の封筒に、何やらいろいろ資料が入っている。  そのうちの一枚に、こんなことが書いてあった。   補欠合格   近安ヒロシ 受験番号B17089    入学の意志がある場合は、三月二〇日までに入学金及び前期授業料を振り込みの上、入学手続してください。  たしか受験案内に、「合格者に入学辞退者があった場合は、補欠合格者を認めることがある」みたいなことを書いてあった記憶がある。  つまりヒロシは、合格したことになる。  何度もその補欠合格通知を読んで、ひとしきり喜んだあと、予備校の入校をキャンセルして、大学入学案内の資料を読み始めた。  さっそく入学手続きを済ませたのはよいが、大学は家から百キロ以上離れたところにあるため、ヒロシは親元を離れ一人暮らしをすることになる。  正規の合格をしていれば、合格発表から時間的な余裕があったのだろうが、すでに三月下旬。部屋探しも引っ越しも、急いでやらなければならない。  一般的に大学というのは、広い敷地を要するために、街の中心部から少し離れた立地していることが多いのだが、ヒロシが補欠合格した大学は古くからの歴史があるためか、市街地中心部近くにある。徒歩で十五分ほども行けば、背の高いビルが並んでいるオフィス街があるようなところ。  大学の周辺は、学生が店子になることを目当てにしたワンルームなどがたくさん建てられている。  ヒロシは父親とともに、不動産屋を何件も訪れて、一人暮らしをするにふさわしい物件を探したのだが、なかなか見つからなかった。  地場の小さな不動産仲介業者の社長は、 「今ごろ探しても、学生さん向けのいい物件は残ってないよ。合格したら、すぐ探さなきゃ」と言った。  補欠合格であるためそれが叶わなかったのだ、などとわざわざ言うことはしないが、ほかの学生に比べて部屋探しに大きく出遅れたのは、どうしようもない。 「もうこんなところしか残ってないよ」と案内してもらったのは、「回去荘(かいこそう)」という築五十年くらいは経ってそうな、木造アパートだった。  いちおう部屋のなかを見せてもらうと、四畳ほどの狭い和室で、部屋の出入口の扉のすぐ横に、古そうな台所のシンクがあるばかりだった。  トイレは水洗になっているが共同で、風呂はない。  家賃はめちゃくちゃ安く、大学も近いが、それ以外には何も取り柄のないような物件。  さすがにここには住めないとヒロシは思った。
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