推しの結婚

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 推しが結婚した。  ファンサイトでその情報が出た時、誇張じゃなく私は膝から崩れ落ちた。  デマかドッキリかエイプリルフールじゃないかと、震える手でSNS、ネットで情報収集した。  事実だった。  推しが、結婚したのだ。  数年前、動画サイトを流し見してた時に偶然見つけた推し。一気に情報を調べ上げ、舞台中心に活動しているということを知った推し。  高校生の身分でなかなか遠征できないから、たまに流れる情報を舐めるように見つめた推し。辛い大学受験を支えてくれた推し。  大学生になってからはバイト代を注ぎ込んだ推し。日本全国どこでも遠征に行き、私を認知してくれた推し。  私の心の支え、大好きな、推し。  その、推しが。 「あああああ」  低く呻き、そのままごつんと机に頭をぶつけて突っ伏した私に、隣の席の進藤くんが声をかけてくれた。 「折木(おりき)さん、大丈夫?」 「だいじょばない……」  ここはゼミの研究室。  部屋には進藤(しんどう)くんと私しかいない。今日は金曜。しかももう夜の21時だからだ。  普段ならもっと早く帰る私がなぜまだいるのかというと、この数日、『推し結婚ショック』で寝込んでいたためだ。  大学をサボって、いや、サボりじゃない。推しの結婚による心身のバランスの崩壊。病欠だ。  そろそろ論文の続きを書かねばと思ってよろよろと出てきたはいいものの、定期的に発作が起こり、このように手が止まってしまう。声を出さないようにはしていたが、今の特大の発作で進藤くんの邪魔をしてしまった。  彼は手を止め、くしゃくしゃした明るい茶色の髪をかきながら、椅子を回転させてこちらに体を向けた。 「具合悪くて休んでたんでしょ、まだ本調子じゃないんじゃないの。病院行った?」 「いや、病院に行くようなアレでは……」  病院にかかるとしたら何科だろう。心療内科? それとも脳外科で推しへの執着を抑えるような処置をしてもらった方が良いだろうか。 「もう遅いし、帰ろうよ。折木さん、ついでにどっかで食べて帰らない?」  この精神状態で人と一緒にいることには抵抗があったが、タイミング悪く私のお腹が「ぐぅ」と返事をしてしまった。  くすくす笑った進藤くんから目を逸らす。しかし断る理由が思いつかず、夕飯経由で帰宅することにした。  
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