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週末は部屋の整理をして、推し関係のものを片付けた。推すことをやめるわけではないけれど、自分の心の中の整理を行ったのだ。
週明け、いつもより早めに研究室に行くと、しんとした室内で進藤くんだけがカチャカチャとパソコンを叩いていた。
「進藤くん、おはよう」
「おー、はよー」
「金曜はありがとう。大変見苦しい姿をすみません。私、ちゃんとお金払った?」
「払ってもらったよー」
進藤くんはくすくす笑うと、回転椅子をきいと鳴らして少しこちらへ体を寄せた。
「ねえねえ折木さん、推しへの思慕は少し落ち着いた?」
いたずらっ子のような笑顔を向けられる。あの日あんな醜態を晒したのに、彼は私に引かなかったのだろうか。
「うーん、どうかなあ。でも金曜に話聞いてもらったから少しすっきりしたよ、ありがとう」
「そうかあ。そしたら折木さん、付き合ってくれない?」
「ああ、うん。いいけど、まだデータ取りするの?」
彼の実験のデータ取りを手伝うことはよくあった。でもこの時期、もう皆論文を書き始めている。進藤くんだってもうデータまとめに入っているだろうに再計測があるのかと思ってそう返事すると、彼はくくくと笑いだした。
「ごめん、違う違う。俺と付き合ってくれないかと聞いているの」
んん? と首を傾げる。その付き合って、の意味とは。
「それは、もしや、男女交際という意味で?」
「男女交際という意味で」
疑問に思ってもう一度、反対側に首を捻った。
なぜいきなり男女交際の話に。そもそも、進藤くんは同じ研究室の隣の席というだけで、まあそれなりに接点はあったけれども、普通の友人といった間柄だ。
自分で言うのもアレだが、私は友人が多いタイプではない。しかも私の周りは皆、派手なタイプでもない。サークルにも属していない。推しへの活動で忙しかったし。
対する進藤くんはボート部。本人も華やかだし、同様の友人と一緒にいることが多い。研究室が同じでなければ、話すこともなかっただろう。
私は彼の意図が分からず、恐る恐る口を開いた。
「私、生身の異性とお付き合いしたことないんだけど……?」
「推しは? 生身じゃないの?」
「生身だけど住んでる次元が違うというか、そもそも見守らせてもらっていた立場で」
進藤くんは笑っていたけれど、私が黙ったのを見て、あることを提案してきた。
「そしたらさあ、折木さん、俺の推しになってよ」
「んん?」
「俺、折木さんのファンね」
ますます意味が分からなくなって、手で彼を制する。
「待って待って、どういうこと」
「いきなりお付き合いをというのも確かに急だったかなと思って。折木さん、あんまり男子と接してるの見たことないし」
「はあ」
「だけどさ、推しとファンの関係なら折木さん、詳しいわけでしょ? だから、折木さんが推しにされて嬉しいことを俺にしてくれる? 仲良くなるために」
推しにされて嬉しいこと。
まあ、ずっと推しのファンだったわけだから、されて嬉しいことがなにかは、分かる。
分かるけれども。
「つまり、進藤くんは私にファンサを求めているということ?」
「ファン、あ、サービスか。そうだね。ファンサ」
「う、うーん……」
「よしよし、よろしく」
よく分からず流されるまま、私は進藤くんの推しになった。
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