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そして、なかなか母君の容態が良くならないので、父君と、乳母達と一緒に祈祷をするために、東寺へお参りに行ったのでした。
その途中、桜の花が見頃を迎えており一行は花見も兼ねて、ゆっくり進んでおりました。
姫君が「お花をもう少し見て行きとうございます。」
と父君に申し立てると、父君は可愛い我が子の申し出を断ることは出来ず、「少しだけ。」と言って花見を許してくれました。
初めは牛車の中から御簾を少し上げて見物していましたが、近くで見たくなり、牛車を降りて、花に近づいていき、綺麗な桜を見て、
「母上様も見られたらよかったのに。」
と姫君は言いました。
「姫様、かように動き回ってはなりませぬ。はしたないですよ。」と乳母が注意をする。
「はい。」と言う事を聞いて牛車に戻ろうとした時、
母君から頂いた大切な数珠が落っこちてしまいました。
「あっ、数珠が。待って。」と言って追いかけていきました。
すると、1人の男の子がその数珠を拾って眺めていました。
「あ、あの、その数珠…」
と姫君が声をかけると、
「ああ、これか。そなたのか。」
「はい、落としてしまいまして。」
「そうか、ならば返そう。だが、見たところ、珍しい物だな。」
「ありがとうございます。これは母上様がお守りにとくださったのです。」
「そうか。ならば今日は皆で桜の見物か?」
「いえ、今日は母上様の病の祈祷に参りました。その途中で立ち寄ったまで。見物ではございません。」
「そうか。ところで、そなたは何処の者じゃ。」
「はい?」
「名乗らぬのか。」
「いえ、まず、人に名を尋ねる時は己が先に名乗るのが礼儀ではありませぬか?」
「はは、この私に物おじせず悪態をつけるとはいい度胸じゃ。良いだろう。私は左大臣の息子。時春だ。今度はそなたの番だ。」
と言われ、姫君は初めて、外で会う者に名を名乗った。
「私は右大臣の娘、涼と申します。」
と涼姫が丁寧に挨拶をすると、時春殿は一瞬顔を赤らめました。
そうこうしているうちに、乳母がやってきて
「姫様かように走り回ってはなりませんと申したではありませんか。」
「すまぬ。だが、母上様から頂いた数珠が落ちてしまって。今回だけゆえ、許してくれぬか。」
「今回だけですよ。」と乳母もしょうがないと言った感じで折れたのだった。
そうして、「では、わたくし達はこれにて。時春様、先程はありがとうございました。それでは。」
「ああ、達者で。」
と言ってまだ幼い若君と姫君は一旦ここで、別れました。
それから、涼姫達はお寺に着きました。
それから三日間お父君と2人で母君の回復を祈り、和尚に別れを告げて、寺を後にしました。
帰りの道中、同じ道を辿るため、初日の桜並木をまた通りました。
その時、涼姫は時春を思い出していたのです。
(まだ幼いのに、あんなに立派に物事をお話になられて素晴らしいわ。きっと私とそう変わらないのに。私も、もっと成長して、母上様を喜ばせたいわ。)
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