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「涼、病が移ってはなりませぬ。入ってはなりませんよ。」
「では、こちらで、お話ししてもよろしいですか?」
「そこからなら構いませんよ。」
と言って床に姫君が入ってくることを拒みました。
母君としては、可愛い我が子の姿を見たいに違いありませんが、原因不明の病で今は疫病も流行っていないため、医者もどうしていいのか分からずじまい。
そのため、大事な娘に何かあってはいけないと右大臣と話し合い、戸の前までと決めたのでした。
そうと分かってはいても、どうしても顔が見たくなるのが、子供の性。
こっそり中に入ろうとして乳母に見つかり、叱られる事もしばしば。
そんな事ずっと続いていたのでした。
「母上様、3日前に父上様とお寺へお参りに行ってきました。そこで、母上様のご病気が治りますようにってお祈りしてきました。なので、きっとすぐ良くなりますよ。」と母君に報告しました。
「そうですか、ありがとう。ならば早う治して、一緒に御礼参りに行かねばなりませんね。」
と母君は嬉しそうに答えました。
「そうですね。」と答えると、
「どうしたのですか。今日はえらく楽しそうですね。」
「そうですか?いつもと同じだと思いますけど。」
「いいえ、母には分かりますよ。何か楽しいことがあったのでは?」
そう言われ、少しもじもじしながら思い当たることを母君に聞かせました。
「実はですね、東寺へ行くまでに桜の沢山咲いている場所がありまして、父上様にお願いして、少しだけ見物させて貰ったのです。とても綺麗で、いつか母上様と一緒に見たいなと皆で話しておりました。」
と姫君が楽しそうに話をしていると、母君も楽しそうに、
「よもや、それだけではあるまいに。」
と全てお見通しかのように言われ、姫君は顔を赤らめて俯くと、「ふふっ」
と母君の笑い声が聞こえてきました。
どんな話であれ、母君が笑ってくれた事がとても嬉しく、あの日に会った男の子の話を母君に話して聞かせました。
「あの日にある男の子と出会いまして、その男の子が私の落とした数珠を拾ってくれたのですが、名を名乗れと申してきまして、名を知りたいのならまずはそちらが名乗るのが礼儀ではと私が言いますと、このわしに悪態つく者は初めて見たと言われてしまいました。ですが、どうやら気に入られたらしく、名を名乗られ、私も名乗りました。」
とあった事を全て話しました。
「かように、声を上げるなど、女子としては恥ずかしい事ですね。」
と言うと、母君は「今はまだ子供です。そのうちは好いたように振る舞えばよろしい。大人になればそのような事は出来なくなるのですから。」
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