エストレリャ

「製氷機がイカれたあ！」

「なあに～っ！
もうすぐ土曜の
ランチタイムだぞぉ！
山田くん、即行、
業者に電話っ」

「はいっ」

「日ケ原ぁ、隣のオルテンシア
ホテルで氷の調達っ。
あそこは設備あるくせに
土曜の修羅場の夜に、やたら
デリバリやがるんだっ。
ウチがやってるのは
テイクアウトだ。だが、
こんな時のために貸しを
つくっておいた。氷の
５、６キロはもらえるっ！」

「チーフ…あの…星野さん」

「なんだっ？！日ケ原っ」

「なんで俺だけ、
いつも呼び捨て？」

って、あらあら無視ですか？

「山田くん、製氷機直ったら
お湯入れて」

「はい」

「チーフ、冗談？」

笑った俺に大学生の関さんが、
クーラーボックスを手渡して
くれながら

「お湯の方が水より
早く氷になります」

「んな、バカな」

「本当です。科学的根拠がある」

「そうなの…へえ」

高学歴の同期から学びの最中に

「日ケ原ぁー、さっさと
行ってこいやっ！」

って、発泡スチロールのボックス
を投げてよこすチーフは意外と
態度がデカくて口が悪い。

この日の夕方、業者は製氷機を
復活させたが、街は沛雨(はいう・豪雨)になった。

道路冠水のおそれあり。
避難勧告が地方にも出た。

オーダーを受けた一組の客を
残して、店長は店を〈臨時休業〉
クローズし、従業員に帰宅指示を
出した。

店から自宅が近いチーフと
俺が残って、本日最後のゲストを
アテンドした。

ゲストの子は、ここの常連だ。
今日は友だちらしき奴と来てる。
あの子、いつもはよく俺を見るのに今夜は一度だって見やしない。
金髪の連れと見つめあって…
いいムードになってる…

ウェイターの原義は
〈見張り〉だ。

「チーフ、あのふたり、
となりのホテルに入ってった」

「雨やどりか。日ケ原、
雨足ひどいから車で送るよ」

戸締まりしながら、仕事 終わりのチーフは優しい。

ロッカールームの 俺は、
もう、なんかヤバイ。

えーい、ピンチはチャンス！

「チーフ！オーダーっ！」

言うと同時に、両腕 壁ドン。

チーフをホールド。

「はい？」

「今夜、俺をテイクアウト
してくださいっ！」

そして、唇にキス。

キスはサインだ。
自分はあなたと性交(性的交流)を
希望します。
性行(性行為)と間違えてるヤツが
多い世の中ではある。

「(けど…ああ、いっそ
この場で…)
じゃ、一輝さんっ、
そゆことで」

「はあ。日ケ原…あの…なんか、
当たってるんですけど…あ、
そうだ、ポール(棹)とりこむの
忘れてた」