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***  拙いところもあるが、百七美ちゃんはよく頑張っている。百七美ちゃんの指先から紡がれる音色は清流のように澄みきって心地がよく、また、物覚えもよいので楽曲理解も早い。それはジーンリッチとしての才能ゆえなのかもしれない。だけどそれ以上に、百七美ちゃん自身の努力の賜物に違いなかった。  予選会を順調に通過した百七美ちゃんは、一層練習に時間を割くようになっていた。実力より上だった自由曲にも今や手が届こうとしている。  百七美ちゃんは上手い。……上手いのだけれど、私には一つだけ違和感があった。 『ピアノを弾いていると不安になるんです』  レッスンのとき、しばしば百七美ちゃんはこう言う。何が? どうしたの? と聞いても百七美ちゃんははぐらかすばかり。  いったい何が不安なのだろうか。  しかし何度考えても答えは出ないので、気に留めるだけしか出来ないでいる。  さて、今日も私は百七美ちゃんの家に来ていた。顔認証で開く玄関ドアを抜け、長い廊下を通り、練習室に入る。  そこには、気落ちしたように背中を丸めてピアノ椅子に座る百七美ちゃんがいた。 「どうしたの?」  駆け寄って声をかける。百七美ちゃんは顔を上げたが、見つめ返す瞳に力はない。  その右掌からは血が滲んでいた。出来たばかりなのだろう、まだ傷口は乾いていない。 「大変! 手当を」 「……あっ。泉菜さんも。気をつけてください、鍵盤、触らないように」  ここに。と百七美ちゃんが指さした先には、わずかに針の先端が見える。どうやら鍵盤を押すと針が飛び出す仕掛けのようだ。  私は呼びつけた給仕用ヒューマノイドから消毒液や絆創膏などを受け取る。怪我は幸いにも刺し傷ではなくひっかき傷で、練習に支障はない。しかし、手当をしている間も、百七美ちゃんは浮かない顔をして黙り込んだままだった。 「私には『音楽の才能』が備わっていないのです」  手当が終わって、具合を確かめるように何度も右手を握りこめながら、百七美ちゃんがやっと口を開いた。
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