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 椿野川(つばきのがわ)百七美(もなみ)はとても『優れた』少女である。と、私は対峙した瞬間に理解した。百七美ちゃんの、生粋の日本人でありながら色素の薄い髪に目の色、すらりと伸びた手足。右の首筋には赤い刺青がある。大きさは親指の爪くらい、椿の花を模した家紋だ。それは彼女がジーンリッチであることを証明するものだった。  よろしくお願いします、久原(ひさはら)さん。と、百七美ちゃんの隣に座る彼女の母が会釈をする。  百七美ちゃんは微動だにせず私を見つめていたけど、お母様に促されてお辞儀をした。 「よろしくお願いします、久原先生」百七美ちゃんの声は耳を澄まさないと拾えないくらい小さい。 「こちらこそよろしくお願いします。あと、私を先生って呼ばなくていいですよ。ただの学生なので」  笑顔を繕う。顔がひきつっていやしないかと内心は不安だ。なんといっても名の知れた大富豪、椿野川家の邸宅にお邪魔しているのだ。緊張しないわけがない。この客間だってソファーやテーブルといった家具はもちろんのこと、壁に掛けられた絵画や華奢な陶磁の花瓶一つをとっても値の張るものだというのは、庶民である私にも分かる。  居心地の悪さを感じながら――居心地の悪さの本質は別にあるが、私は紅茶をゆっくりと一口飲み下す。やはり、先生の話を受けなきゃよかったか。 「百七美にとっていい思い出になるよう、久原さんには是非お力添えをお願いしますね」お母様は言った。凪いでいる、穏やかな口振り。ぎらつきは感じられなくて……娘の成長を真っ直ぐに期待している。そんな感じだ。  それから五分くらい適当に言葉を交わしたのち、「仕事なので、後は百七美をよろしくお願いしますね」と、お母様が客間を出ていく。  こうして私と百七美ちゃんが残された。  改めて私は百七美ちゃんを観察する。モデル用ヒューマノイドみたいに整った顔立ちをしている。その上、無表情。どことなく無機質な女の子だ。やりづらいな。  給仕用ヒューマノイドがお茶のおかわりを勧めてきたのでそれを断り、気合いを入れ直して百七美ちゃんに話しかける。 「百七美ちゃん、って呼んでもいい? 私のこともよかったら泉菜(いずな)って呼んで」 「はい。分かりました、泉菜さん。あの、練習室に案内しても?」 「お願いします。そのために来たんだもの」 「はい。では。離れにあるので少し歩きますが……」  そう返事をした百七美ちゃんは、表情こそ変えないものの、心なしか先ほどより声が弾んでいるように聞こえた。
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