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「別に、指輪が欲しい訳じゃないけど」
じわじわと頬と言わず、三田村に見られている全身が熱くなる。あぁ、素面で言うもんじゃない。ビール、この部屋にあったっけ?
「香川」
「待て、ビール、あったよな?」
オレが前に買って冷蔵庫に入れておいたやつ。もしくはお前がたまに料理に使っているワインでもいいや。
「何、乾杯?それとも祝言?」
逃げ惑う気持ちを見透かされているようだ。可笑しそうに笑う三田村。でも、逃がすつもりはないらしい。
「香川」
殊更甘い声で。
「結婚を前提でオレと付き合って、大事にするから……お前が好きだから」
その場から逃げ出したいのに、三田村の視線がそれを許してくれない。
逃げ出したとしてもこんな狭い部屋では直ぐ掴まってしまうし、ここから出てもオレの部屋は隣だから逃げ場なんてないのに。
いつから考えていたんだろう。即興なのか、もしかしたらという期待と共にお前の胸の中にあった言葉なのか。焦らした割に、三田村の口からはすんなりと出て来た。
その言葉にオレは身じろぎも出来ず、そして用意していた言葉なんてないから返事をしようにも何も思い付かない。
「……香川、持ち帰って検討する?」
おい、これは仕事の話じゃないんだぞ。
苦笑して、逃げ道を提案してくれる三田村。これは優しさなのか、諦めなのか。
「……いつからだよ」
「……んー……ずっと?大学の時からかな」
「……」
「……何年も抱えてきたから、お前もそうする?別に待つのは嫌じゃない」
「……気が長いんだな」
「まぁな」
何を覚悟していたというのか。言葉にされた途端固まる自分の思考にイラつく事しか出来ない。答えなんて決まっているのに、それなのにオレときたらどうでもいい言葉で引き延ばそうとしている。
意気地がないのはどっちだ。
「……もっと追い込んだ方がよかった?」
「……そういう事は思ってても言うもんじゃないだろ……」
「うん、だって、困らせたい訳じゃないしさ……オレはお前に飯作って美味そうに食ってくれればそれでいいし」
「それでいいって奴が結婚しようなんて言わないだろ」
「あー……それはそう……」
可笑しそうに三田村は笑うけど、ちっともオレは笑えない。
三田村は溜息なのか、大きく息を吐き出し立ち上がった。
楕円のテーブルを回って正面に座っていたオレの隣に膝を付いて、同じ高さの目線で見つめてきた。
「香川」
「……ん」
「……触ってもいい?」
「……うん」
片方の腕が回って、抱き寄せられた。強引に、ではない軽い力で。こつりとオレの頭は三田村の肩口に当たりそのまま俯いて目を閉じた。
「……もっかい言って……」
「じゃあ、顔上げて」
「やだよ……」
「やだじゃないだろ、顔見て言えないってオレがかわいそうじゃん」
「……知らんし……」
「香川」
空いた手がオレの頬を撫でる、こしょこしょ、という風に指先が動きこそばゆい。その指から逃れるように、オレは顔を上げてしまった。
「お、おい……」
「うん、じゃあ、このままな」
「三田村」
今度はもう逃がさないというように、やや強い力で顎を掴まれてしまった。
じっと見つめてくるので、オレは恥ずかしさで頭が沸騰しそうになり慌てて目を反らす。
「あーもう……」
苦笑のまま額がこつりとぶつかる。
「……好きだよ」
「……うん」
こくりと頷くと、三田村の腕は背中に回って抱きしめられた。
出会って6年だけど、こんな風に抱き合うのは初めてで、さっきみたいに触られた事もほとんどなかった事に気付く。
「……はぁ……オレ的にももういっぱいいっぱいだし……今日はこれ以上は無理なんだけど……」
「うん……なぁ……」
「ん?」
オレも既にいっぱいいっぱいだし、そろそろ部屋に退散したい。
「……物件資料、今度ちゃんと見せろよ……一緒に、住むんだろ……」
「……うん……香川」
ぎゅっと力が入る。それは数年分の想いか、ワイシャツの上からでも三田村の熱が伝わってくる。
「……結婚しよ?」
まだ最初に言われてから30分も経っていないというのに、オレの心はあの時とはまるで違っていた。
勇気を出して三田村の背中に腕を伸ばす。
「……うん」
顔を見るのは恥ずかし過ぎて出来なかったけれど、気持ちは伝わったようだ。
「ありがとう」
込み上げてくる気持ちのまま、オレは腕に力を込め三田村を抱きしめた。
完
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