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買収
その頃。フラン王国の貴族、エール子爵家は、家門始まって以来の危機に直面している。エール子爵家は、元々はそれなりに財産も地位もある、ごく普通の貴族だった。
しかし、数年前の大飢饉が原因で、多くの領民達が明日食べるものにも困る生活を強いられてしまった。
多くの貴族は、必要最低限以下の措置しか行わず、彼等の苦しみには見て見ぬふりをしていた。しかし『領民の事を第一に考えろ』という家訓があるエール子爵家では、領民達を飢えさせないために、自ら多額の借金を背負って彼等を救ったのだ。そのおかげで、そこの領民だけは、誰も飢え死にすることはなかった。
しかし、その代償は大きかった。今まで先祖が貯めてあった財産は全て使い果たし、借金だけが残った。綺麗だった屋敷も、今はツタで覆われてしまっている。領土統治だけでは借金を返しきれず、現在では、家族総出で内職をしてしのいでいるが、焼け石に水だ。
「すまない……。私が至らないせいで、ナナにも苦労をかけてしまって……。」
エール子爵は、せっせと編み物に励んでいる息女ナナに声をかけた。しかし、栗色の髪と瞳を持った、どこか儚げで物静かなその少女は、静かに首を横に振る。
「いいえ、私の事はお気になさらず。あの時、父上がなさった事は、正しかったのですから。」
「そうはいっても……。お前ももう十五歳。そろそろ適齢期に差し掛かる頃なのに……。このままでは、十分な持参金すら持たせてやれない……。」
「それも大丈夫です。家門が立ち直るまで、結婚する気はございませんから。」
ナナの健気な言葉に、エール子爵は情けないやら悔しいやらで、泣きそうになるのをグッと堪えた。
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