買収

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 エール子爵が客間に行くと、すでにが待っていた。貴族らしい立派な服を着ているが、何故か目の下が真っ黒である。言うまでもなく、その正体はパリス伯爵だ。 「お待たせ致しました。ええと、何とお呼びすれば?」 「エール子爵様。初めまして。実は、もう少し話が進むまでは、名前は明かせません。ただ、胸にある勲章を見て頂ければ分かるとおり、私は伯爵階級の者ですので、伯爵、とでもお呼び下さい。」 「分かりました。では、伯爵様とお呼びします。」 (名前すら明かせないとは。全うな話ではなさそうだな。)  ますます、何の用事でここへ来たのか訝しんだ。そんな彼に、パリス伯爵は小さな袋を手渡す。 「子爵様。ささやかではございますが、お話を聞いて下さるお礼です。ご笑納下さい。」  セバスチャンから聞いていたとおり、その中には金貨がぎっしり入っていた。今の彼には、一番ありがたいものだ。 「痛み入ります。……ところで伯爵様。私に何の御用でしょうか?」 「実は、取引をする相手を探しておりまして。」 「……取引?」 「はい。詳しいことは契約が成立して、誓約書を書いて頂くまでは話せないのですが……。私達が欲しいのは、プロイド帝国の第一皇子、レオン殿下の恋人役をして下さる女性です。」 「恋人役、ですか。」 「そうです。そして、子爵様には十五歳の御息女がいらっしゃると聞きました。私は、御息女にこの役目をして頂きたいと考えています。」 「うちのナナに……。」 「もし、協力して頂けるのなら、その対価として、私達はこれくらいの金額をお支払いします。如何でしょうか?」  パリス伯爵がエール子爵に耳打ちすると、彼は目を見張った。提示されたのが、抱えている借金の約三倍の金額であったからである。
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