暁峠の三郎太

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「オイラ、大事な()うちわを失くしちまったのさ」  三郎太が探していたもの、それは天狗にとって大切な羽うちわでした。  本来ならば一人前の天狗にならないと、羽うちわを授かることはできません。  けれど、三郎太はどうしてもそれが欲しくて欲しくて、母様に駄々をこねて作ってもらったのです。  母様が作ってくれたのは、羽うちわによく似たヤツデの葉を束ねたものでした。  三郎太の小さな手には丁度良い大きさの何の効果もない玩具(おもちゃ)のようなもの。  それでも三郎太は、父様や、おじじ様のような一人前の天狗になった気持ちで、ヤツデの葉うちわを振りました。  ただ涼しい風がそよぐだけのものでしたが、嬉しくてたまらなくって。  ご飯を食べる時も、お風呂に入る時も、夜眠る時も、そして今日のように外に遊びに行く時も。  片時も自分の側から離さなかったのです。 「オマエ、あのうちわを大事にしていたものな。悲しかろう」  黒い羽の先で三郎太の大粒の涙を拭う八咫烏は、ふと思い出しました。
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