ワラウコト

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❇︎❇︎❇︎  入学早々から始まった化学の実験班は、メンバー固定で行われていた。 男女4人ずつに分けられたその班内メンバーに関して、一人を除いて全員知り合いであるのは、自信を持って言える唯一の取り柄である持ち前の明るさの恩恵によるものである。 実験机を取り囲むように座る席配置は、男子と女子が分けられるように座席指定されていた。この時、永が座った席の対角線上の遠い場所に座っていたのが香澄であった。  実験が始まると、永の知っている女の子3人組は、香澄のことはお構いなしにどんどんと実験を進めていった。 永の中でのもやもやは、確信へと変わりつつあった瞬間だったが、さほど驚くことでもなかった。  きっと、自分が広げていた人間関係の輪は、とても関係が希薄であること、愛想笑いになってしまうことがそれを物語っていること… 同じ班の女の子3人組もそういう関係なのかもしれない…  そんな考えは、香澄をより一層に輝かせた。 彼女は、きっとそんな上辺だけの人間関係を持っていないことは、実験をする彼女の様子だけを見ても伝わってきた。 他の子達が何をしていようが、彼女は自分のスタンスを変えることはなかった。  永は、初めて仲良くなってみたいと思った。何も考えずに作ってきた人間関係とは違って、切実にそう思えた。 そんな香澄に、話しかけることができたのは、実験が始まって一ヶ月程の時だった。 「はるか、おせぇよ、お前! なんで今日はそんな真面目にやってんの?」 「腹痛くて、トイレ行ってたろ?だから遅れてるだけだわ!」 「おお、そうか!トイレなんて行ってたっけ? でも、その感じだと、40分くらいはかかりそうだな。先に帰ってていいか?」 「おう、いいよ。待たせるわけのも悪いからな。」  人は他人に自分が思っているほど興味がない、歪んでいるように見える永の考えが具現化された。    いつも、たくさん話す友達だと思っている彼がそうなのだから他も全員きっとそうであることが分かった瞬間だった。  彼らが帰った後、気がつくと、実験室は閑散としていた。そんな実験室に、試験管のカチャカチャという音が部屋に鳴り響く。 しかし、こんな閑散とした中でも真面目に実験をやっているのは、それを望んでいたからである。 対角線上の席に香澄の姿は見られなかったが、彼女の化学の教科書と筆箱が置かれていた。 試験管を冷ます待ち時間に入ると、永は使っていない器具の片付けを始めた。ステンレスの流しに流れる水の音がいつもより大きく感じる。 彼女は、毎回のようにこんな感じなのだろうか… 誰もいなくなっても、周りに流されることなくポリシーを貫く… 「ありがとうございました」   という声と共に、足音がこちらへと実験室へと近づいてきた。香澄が、やってくると分かると、思わず器具を洗うのに集中しているふりをした。 足音は、通り過ぎることなく永の斜め後ろで止まった。 「西山君、大丈夫そ?」 「うんうん、大丈夫だよ。あと、試験管が冷めるのを待つだけだから。」 彼女は、目を丸くしたと思うと、クスクスと笑った。 「違うよ。 お腹の方だよ!実験中、トイレに行ってなかなか帰ってこなかったでしょ?」 予想をしていなかった言葉と初めて見る彼女の笑った顔とで頭の中の整理が追いつかない。 「あ、うん! なんとか、この通り。」 お腹を叩いてみせると、彼女はまたお腹壊しちゃうぞと茶目っ気たっぷりに言った。 彼女は、その後の実験の判定法や、片付けを手伝ってくれた。   彼女とのたった数十分が、他の同級生との一ヶ月をはるかに超えていた、そんな気がした。 この数十分に、愛想笑いは必要なかった。 この日をきっかけにして、香澄と話す機会が増えていった。機会が増えたというより、増やしていったという方が正しい。 二人を繋ぐのは、実験班が同じということしかないため、話す内容は、きまって実験についてだった。 いつもなら、何も考えずにプライベートの話をズカズカとできる永であったが、彼女にだけは何もできなかった。 そうこうしていると、あっという間に、半年間も続いた化学実験の授業も終わってしまった。 終わってしまうと、彼女との接点は、それっきりになり、時間は淡々と過ぎていった。 永が、香澄のことを世界線が違うと思うように、香澄もそう思っているだろうという考えが、それ以上の彼女への接触を拒ませた。
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