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店に入ってきたのは20代前半くらいの男女のだった。ドアをくぐった瞬間からもう言い争っているのが聞こえる。どうやら、うちの店の場所がわかりづらかったのが原因のようだ。
普通のマンションの一室で営んでいるうちの店は、わかりづらいと言われることが多々ある。しかし私の考えでは『占い』というものは、元来、大々的に宣伝をしてお客を呼びこむようなものではない。助けを求めた人がこっそりやってくる。その人にこっそり助け船を出す。そんな縁の下の力持ちのような存在こそが我々占い師の本来の姿だろう。そう私は思っているので、店構えもあまり目立ったものにはしたくないのだ。
いろいろ些末なことまで言いあらそっていたが、5分ほどった段階でやっと落ち着いたようだった。
ドサっと乱暴に席についてから男の方が言った。
「やーすいません。それで……アレなんですよね? ここって、その、占いっていってもちょっと変わっているんですよね?」
女はというと、先ほどまでひとしきりののしり合っていたたせいか、横を向きむくれている。
「ええ、そうです。あなたもどこかでうちの情報を耳にしたのでしょう。ここは占いとはいえ、単なる占いではなく、『探し物』をくれる占いの店です」
今の人は、ひと昔前に比べると、人生にそれほど大きな不満を抱えていないことが多い。でもみなどこかしら閉塞感や抑圧されたものを感じていて、そこから連れ出してくれるクモの糸を探してるものだ。人生の『探し物』という形で、その道しるべを照らす。それが私のやっている占いだ。ありがたいことに、秘かに評判になっているらしく、ここ最近はお客がひきを切らない。
女はうちのことを知らなかったのだろう。私の言葉が気になったのか、こちらを向きなおり質問をしてきた。
「え、なに。それってどういうこと?」
「普通の占いは、今のあなたの状態はこんな感じで、こうした方がいいでしょう、みたいな感じだと思います。でも、私の店では具体的な指示はしません。あなたの今の状態にも関与しません。ただ、これからの未来に向けてあなたが『探すべきもの』を教えるだけ、そういう占いなのです」
「――おい、そういう変わった占い師だって俺、言っただろ! おまえは……いつもいつも聞いてもいないのに生返事ばっかりしやがって……」
「いやそんなの聞いてないから。そっちこそ酔っていきなりしゃべりだしたりして……。そういうのにわたしが返事してあげてるだけ感謝してよ」
「……あ? なんだ? てめーなめてんのか?」
このままでは占いどころではないと思い、私は手を伸ばして仲裁にはいる。
「まあまあ落ち着いてください。もしかしたらこの占いを聞くことで、あなたたちの未来も大きく変わってくるかもしれないわけですから、まずは占いを聞いてみてください。それに私の占いは統計学のようなもので、完全に数字の世界です。――言い方はあれですが、なんとなくでいいんですよ。なんとなく聞いてもらって、そしていつか気がつくんです。あ、あのとき、あの占い師が言っていたのはこれだったんだなって……。占いというのはそんなものなんですよ。さあて、占いをはじめますよ?」
「……チッ」
「――ふん」
男女ともに納得いっていないようだったが、せっかくここまで来たのだから占いは聞いて帰ろう、そんな様子がすけて見えた。
「じゃあいきますよ」
必要な情報は予約の段階でもらっている。私は手元にあったゼイチクを両手でこする。並行して、気学方位盤を操作し、彼らの運勢を推しはかる。途中からはサンキも組みあわせ、より詳細な未来をあぶりだしてゆく。
この道具と道具の掛け算こそが私が他の占い師と一線を隔す部分だろう。道具は同じでも、結局は大切なのはそれをつかさどる技術なのだ。
「出ました……」
5分ほどたったのち、ついに一つのご宣託がくだる。数ある札の中から選びだされたそれに書かれていた文字はたったの4文字。
『真実の愛』
「「真実の……あい?」」
男女はそろって素っ頓狂な声をあげた。
「おおこれは、珍しい。正直いささか陳腐ではありますが……。これが『探し物』として出ることはあまりないんですよ。やはり男女ペアでいらしたからでしょうかね。二人で、『真実の愛』というのはなにか。そんなことに向き合い、互いに手を取り、二人で探してみるのがよいのではないでしょうか」
二人はキツネにつままれたようにお互いを見つめ合っている。
どうやら、また一つのカップルを救ってしまったかな……? 占いというのは人生の選択支を指し示す仕事なので、これまでも私の一言で仲直りしたとか、結婚したなんてカップルも沢山いた。こんなおっさんが名乗るのは抵抗があるが、言ってみれば恋のキューピットのようなものだ。
「そうですか……」しばらくして男の方が重そうに口をひらいた。「やっぱり大事っすよね。真実の愛」女の方も思うところがあったのだろう。呼応するように口をひらく。
「うん……わたしも、そう思う。というか、知らず知らず目を背けてきたのかも……」
そしてまたお互いを見つめあう。いい感じだ。これでこのカップルは安泰だろう。これが『探し物』を提供することの醍醐味と言ってもいいだろう。ほくそ笑む私の内心を知ってか知らずか、男は言った。
「悩んでたんすけど、今の聞いて決めました。――俺、こいつと別れます!」
「うん、わたしも! なんか今までぐだぐだ来ちゃったけど、決心ついた。別れよう!」
慌てたのは私だ。
「ええっ? お客さんたち、いいんですか? それで?」
それを聞いて笑いながら女が答えた。
「だって、やっぱり人生一度きりだし。時間は限られてるわけだから。ちゃんと探さないとダメでしょ、偽物じゃない『真実の愛』をね」
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