結婚相手マッチングAI/ディストピアのイースターエッグ

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「はぁ。婚活AIの開発っすか」 「婚活AIじゃねーよ! 遺伝子適性算出(ジーン・マッチング)システムだよ!」 「要は婚活AIでしょ」  社長が政府から取ってきた仕事は、昭和のディストピアモノか、平成のエロ漫画でしか見ないような、馬鹿馬鹿しいシステムの開発依頼だった。  市民全員の遺伝子や人格情報を元に、最大限効率的な結婚相手を算出するAI。  社長は遺伝子(ジーン)と言ったけど、仕様書を読むと、行動ログによるスコアやプロファイルも参考にするらしい。  目的は「優れた子孫を残す」のではなく、それも含めた「最大限効率的な組合せを作る」ことなので、性別や健康状態は(それなりに重視されるものの)絶対の条件ではない。 「来月頭に納品だけど、今週中に叩き台だけ作ってくれ。先方に見てもらって、何かあったら修正頼む」 「了解すー」  そんなわけで、久々に仕事が入った。  AIの普及で最も大きく仕事を奪われたのは、システム開発者という職種だ。  そも、プログラミングなんてのは黎明期から、「何をやるか」と「(その言語で)何ができるか」さえ完全に解っていれば、単にそうなるように、そのまま書くだけの単純作業だった。多少の効率の差はあるが、マシンのスペックが上がれば、大半の場面では無意味だ。  開発会社の人間は最初からそれを理解していたので、業務AIの開発自体をのらりくらりと渋っていたが、とあるベンチャーの馬鹿が考え足らずに焼畑開発を行ったがため、当時のシステム開発者の99%は失職したらしい。  ちなみに、業務AIがSFの世界の話だった時代には「真っ先にAIに仕事を奪われるのは事務職だ」なんて言われていたそうだけど、対人の対応に、庶務職、総務職、企画職の業務も平行し、最大効率を逐次検討せねばならない中小企業用事務職AIの開発は、特に単純な政治や医療は元より、比較的複雑な文学や霊媒のAIよりも難航した。  最終的には「人型ロボットに自己学習機能を載せて、事務員の仕事を全て覚えさせる」という力技で解決したんだけど。  何の話だっけ。  そう、久々に仕事が入ったって話だ。  エンジニアの仕事は「こういう物を作りたいから、作れ」とAIに命じること。  ここでAIが誤解しないように、また要件の不足がないように、AIの癖に合わせて命令するのがエンジニアの腕の見せ所。  別にその辺もAIが自分で考えるようにすることは可能なんだけど、「あまりに思考レベルを高くしちゃうとAIが反逆する可能性がある」という馬鹿げた理由で、ほぼ全ての業務AIは高度な判断能力を持たない。例外は事務員ロボットだけだ。 「子孫のポイントは何世代まで入れるかな。適当に孫辺りまででいーすかね」 「孫世代ノ時代ニハ、次世代婚活AIガ普及シテイルト思ワレマス。正確ナ点数算出ガ不可能ナタメ、子世代マデデノ算出ヲ推奨」 「本番ではそうなると思うんすけど、叩き台では一応孫まで出せるようにしとかないと、絶対後出しで要件追加の依頼が来るんすよね。一応機能だけは載せといて、不要な理由を添える感じが良いかなーと」 「アー、理解及ビ肯定」  事務員ロボのロボ山さんと相談しながら仕様を詰め、開発AIに入力してゆく。こういう作業は、音声指示よるノイズや認識ミスがない分、文字入力の方が速い。  とりあえず完成した試作品に、サンプルデータとして、自分と社長とロボ山さんと、著作権放棄(パブリックドメイン)のカマドウマの情報を投入。  AIによる効率向上指数は、自分と社長の組合せで+5,432,860、自分とロボ山さんの組合せで+87,542,685、自分とカマドウマの組合せで-5,425。  社長とロボ山さんの組合せで+2,452,358、社長とカマドウマの組合せで+25。  ロボ山さんとカマドウマの組合せで-98,524。  ということで、AIは自分とロボ山さん、社長とカマドウマの組合せを推奨する。  うん、ひとまず正常に動くな。テストもAIがやってくれてるにせよ、こうした確認は必要だ。そうそう無いとは思うけど、こちらの命令を誤解してる可能性もあるし。 「できたー! 後で社長に送っとこ」 「オ疲レサマデス」 「今週中にって話だったけど、すぐ終わったっすね。……暇だし、何か余計な機能でも仕込んじゃうかな」 「余計ナ機能ハ、余計ナノデハ?」  無表情に呆れを含ませるロボ山さんをごまかしつつ、婚活AIの隠し機能について検討する。  まあ、本番リリース前に先方に気付かれたら修正しよう。  気付かなかったら、それは先方のミスだしな。
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