黄橡の追憶

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  「ただいま」  玄関から聞こえた声に、目を開ける。  いつの間に眠っていたのだろうか。すっかり陽も暮れたらしく、縁側の窓はすべて閉められていた。  カーテンの隙間から、少しだけ白い月が覗いている。 「おかえり、パパ!」  遅れて聞こえてきたトオルの声に、私もゆっくりと立ち上がった。  ――ああ、私も出迎えないと。  そんなことを考えていると、私が玄関に辿り着くより先に帰宅した声の主がやってきた。  抱き上げられ、嬉しそうな顔をしたトオルが、私に気付いて「あ」と呟く。 「小雪ちゃんが起きてる」 「起こしたんだろ、お前が大きな声で騒ぐから」  指先で軽く額を突かれて、トオルは分かりやすく頬を膨らませた。 「僕のせいなの?」 「違うわ、トオルの声で起きたんじゃないのよ」 「まぁ、小雪は違うって言うだろ。トオルに甘いから」  否定しようとした私と、帰宅した声の主の言葉が重なる。  その余計な物言いにムッとして顔を上げると、その人は私の目線に身を屈めて笑みを浮かべた。 「ただいま、小雪」 「おかえりなさい――カズマ」    × × ×
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