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長い間開けられていなかった、半ば物置と化している部屋の襖を開ける。向かいにある窓から光が差し込んでいて、舞い上がった埃に反射していた。生まれてからずっと住んでいる実家でも、この部屋の中をきちんと見たことはなかったように思う。
老朽化の目立つようになってきた我が家。この機会にリフォームしようと言うことになり、今家族総出で断捨離をしているところだ。早いうちに自分の荷物の整理の終わった僕は、この部屋のものを片付けるように言われてやってきた。
この部屋を昔使っていたのは曽祖父の弟さん、僕からみたら曽祖叔父にあたる人……らしい。親族の呼び名はこの辺りまで来ると正直よくわからない。その人が亡くなってからは、この部屋は使われなくなって今の物置のような状態になったんだという。
とりあえず、順番に箪笥の中を見ていこう、と思って片っ端から順番に箪笥を開いていく。曽祖叔父さんが亡くなった時にすでに遺品整理されていたからか、基本的にほとんど物はないと言っていいに等しかった。
そんな中、押し入れの奥にしまわれていた重厚そうな黒い箱が目についた。しまわれていたおかげで埃もかぶっていないそれは、傷もなく状態も良さそうに見える。一見して、特に大事そうに仕舞われている、と言うことがわかった。この中には何が入っているんだろう。興味をそそられて、近くにあった文机の上に取り出して、箱を開いてみる。
「手紙……?」
その箱から出てきたのは、白い組紐で束ねられたたくさんの手紙たちだった。封筒が分厚くなるほど中身が詰められているものもあれば、葉書の裏面がびっしりと書き込まれているものもある。大切にされていたのだろう、紙が色褪せてこそいるが、過ぎているであろう年月にしては保存状態が良いような気がした。
差出人は、渡会千歳、さん。宛先は、全部同じ、森川水澄、となっている。
ほんの少しの好奇心から、一つ手紙を読んでみた。小さくて綺麗な文字で、丁寧に言葉が綴られている。
「風が冷たい季節になりましたね。どうかお体をご自愛ください」
「こちらは雪が降りました。先生のところは、まだ降っていないでしょうか」
「冬は一等星が綺麗に見えるそうです。先生も、お仕事が行き詰まった時は空を見上げてみてはいかがでしょうか」
「二十日の明朝、そちらに到着の予定です。お会いするのが楽しみです」
手紙に素直に綴られた言葉から、この手紙の差出人の人のよさが窺い知れるようだった。手紙の中は“先生”を思いやる言葉が、あちこちに散りばめられていた。
渡会千歳さん、と、森川水澄さん。
この二人はどんな人だったんだろう。
今はいない人の遺した足跡から、遠く過去に思い馳せた。
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