まつろわぬ神々の子守歌

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 東京湾岸の埋め立て地の片隅に、完成間近で放置されている中層ビルが立っていた。外見は真新しいが既に廃墟のような退廃的な雰囲気に包まれていた。  一人の若い男がフラフラとした足取りでビルの入り口にやって来た。通用口の小さな扉が耳障りな音を立てて開き、能の翁の面を付けた別の年配の男が話しかけた。 「あなたがメールで連絡をくれたお方かな?」  若い男が無表情のままうなずく。面の男は彼を中に招き入れた。若い男が後を歩いて行くと、広大な空間に出た。  元々ホテルになる予定の建物だったようで、おそらく大宴会場になるはずの空間だったのだろう。その中央に何か巨大な物の影が見えた。  暗い空間に、若い男を取り囲むように多くのゆらめく影が現れた。その影は口々に若い男に向けて問いかけた。 「おぬしで108人目だ。喜べ、おぬしは記念すべき最後の一人となる」 「だが本当によいのか? 命をもらうのだぞ」  若い男は少し怯えた口調で言葉を返した。 「あんたたちは何者だ?」  影たちは不気味な甲高い笑い声を上げて答えた。 「我らは、つくも神と呼ばれる。人が使い捨てた道具に魂が宿ったものよ」  若い男はむっとした口調で言い返した。 「道具? 俺は人間だぞ。どうして道具の成れの果てが俺を選んだ?」  影の一つが笑いながら言う。 「おぬしも道具として生きてきたのではないか? 他人にいいように使われる道具として。非正規労働者と言うのか? それは道具と同じではないのか?」 「そうだな」  若い男はため息交じりにうなずいた。 「確かに正社員の都合のいい道具として生きるのはもうまっぴらだ。人間としての未来がないのなら、この命好きなように使ってくれ」  辺り一帯に影たちが発する甲高い笑い声が響き渡った。
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