まつろわぬ神々の子守歌

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 同時刻、名古屋の熱田神宮の境内が強烈な振動に見舞われた。社殿の外へ飛び出した宮司たちは、ほんの数百メートル離れた境内の外は全く揺れていないのに気づいた。 「地震ではなかったのか?」  ゴーッと音がして大きな光の棒のような物が空へ飛び去って行くのが見えた。神殿の中の様子を確認に行っていた職員の一人が必死の形相で走って来て宮司に叫んだ。 「大変です! ご神体が見当たりません」  宮司は光が飛び去った方向の空を見つめてつぶやいた。 「まさか飛んで行ったというのか? 草薙の剣が……」  首相官邸を半壊させたヌエは、皇居の桜田門に近づいていた。巨人はなんとか押しとどめようとするが、ズルズルとお堀の近くに追い詰められて行く。  そこへ大きな棒状の光が到達し、巨人の手に収まった。光が薄れ、巨大な古代の剣に変わった。  巨人の内側で二つの声が会話を交わした。 「これは気の利いた物を寄こしたな。三種の神器の一つをわれらに貸すというのか?」 「今は草薙の剣ではなく、天叢雲(あめのむらくも)の剣だろうさ。ヤマタノオロチの力として使わせてもらうか」  巨人が剣を振り下ろす。ヌエの肩に刃が食い込み、緑色の血が噴水の様に噴き出す。ヌエは剣を振り払い、数歩下がって回復を待つ。だが、傷口は今までと違って、ふさがらなかった。  巨人が剣を真横に振る。ヌエの腹が裂け、ヌエは初めて苦悶の絶叫を発した。  巨人は剣を左右上下に何度も振り下ろし、ヌエの肉を少しずつ削り落とした。切り落とされた肉片は黒いガスを発して、そのまま腐敗し始める。  巨人は剣の最後の一振りで、ヌエの首を切断した。ヌエの首は桜田門と祝田橋の間のお堀の水の中に落下し、断末魔の絶叫を上げて動きを止めた。残った胴体はそのまま地面に倒れこみ、その後10分以上ピクピクと痙攣し続けた。  巨人は皇居の内に目を向けた。片方の顔の口が開いて、将門の声が爆音の様に響き渡った。 「今の世の(みかど)に問う。この国の民は幸いであるのか? この化け物は民草の怒りと憎しみと怨念の化身ではないか」  近くのビルの地下街に避難していた紗理奈、ミナセ、紗理奈の父親が地上へ出てきた。  ミナセは巨人の方を向き、両手を指を組んで合わせ、透き通った声で歌い始めた。 「守りもいやがる、盆から先にゃ」  唖然として見つめる紗理奈と父親にかまわず、ミナセは朗々と歌い続ける。 「雪もちらつくし、子も泣くし……」  巨人がミナセの歌声に気づいた。巨人の中で宿儺の声が将門に語りかけた。 「あの子守歌を受け継いでいる民がいるようだ。将門よ、ここは退かぬか? この国の在り様、今しばらく様子を見ようではないか」 「よかろう。これはおぬしの体であるしな。だが、最後にこれだけは言わせろ」  巨人の二つの顔の二つの口が同時に、再び大音声を発した。 「この国の帝と、帝の名のもとに政治(まつりごと)を仕切っておる大臣(おおおみ)たちに申す。われが時の朝廷に反旗を翻したは、民の苦しみを見るに見かねたため。今この国の民は等しく幸せであるか?」  巨人は体の向きを変え、さらに吠えた。 「もし、この国の民草の不幸せと犠牲の上にこの国が成り立っているというのなら、次はこの鬼神とおぬしらは戦う事になる。しかと、そう心得よ!」  巨人の足元ではミナセが歌の最後の一節を、声を限りに詠じた。 「はよも行きたや、この在所(ざいしょ)超えて。向こうに見えるは親のうち」  巨人が剣を宙に放った。剣は再び棒状の光と化して、西へ向かって飛び去った。  巨人の体もまばゆい光の塊になり、中で二つに分かれた。一つは将門の首塚の場所へ飛び去った。  もう一つの光は、ミナセの手元に飛んで来て、彼女の手の中で元の埴輪に戻った。  紗理奈がミナセにおそるおそる尋ねる。 「終わったの? もう全部終わったの?」  ミナセは埴輪を胸に抱きしめるように抱えて、微笑んでうなずいた。そして手の中の埴輪に向かって優しい口調で言った。 「お役目ご苦労さまでございました、宿儺様。ゆっくり、おやすみ下さい」
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