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3.秋の空は残酷だ
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コウジに捨てられてから何時間経ったんだろう。夜が明けてきたんだな、辺りが明るい気がする。
うおっ、何だこの振動は?何かに突かれてるのか??
カラスだ。残飯を漁りにきたのか。コウジがゴミ出し時間守らねえから。
にしても容赦ねえなカラス。オイラは裂かれた袋から飛び出て地面に横たわった。でもカラスは食えないオイラに興味はない。
なんて幸運!アパートの前だしコウジが外出すれば気づく可能性がある。
コウジは今日バイト休みの日だ。いつものパターンからすると外出は早くても昼前くらいだ。
鍵とかハートの片方のキーホルダーを拾う人はなかなかいないだろうから期待しちまう。
地面に横たわってから数時間経った。まだコウジは出てこねえけど、秋の風が心地いいな。
とか思ってる場合じゃねえ!ゴミ回収の業者が来ちまった。
業者はゴミが散乱してる状態には慣れてるのか、特に顔色を変える事なく作業を進めてる。
そして程なくオイラに気づいた。これでオイラの生涯は幕を下ろすのかと覚悟を決めた。
が、業者は一瞬悩んでオイラを捨てずに縁石に置いてくれた。
ふう、助かったか。
あとはコウジ、お前を待つ。
だが、オイラを見つけたのはコウジじゃなかった。
●
俺はスマホへの着信音で目を覚ました。せっかく一日ぐうたらしようと思ってたのに。
画面を見ると表示されていたのは『セリ』の名だった。
出て行かれてから約一ヶ月。初めての事だ。
俺は飛び起きて応答した。
「もしもし。ど、どうしたの?」
「コウジ、今日休みでしょ。家にいる?」「いるけど」
「私、今玄関の前に来てるんだ」
俺は狭い家の中を駆け抜けて玄関を開けた。
すると本当にセリが立っていた。また会えただけで俺はこんなに胸が高鳴るのか。
まず何と言えば正解なのか考えていると、セリが俺の鍵を見せて呆れたように笑った。
「何でセリが持ってんの!?」
「アパートの前に落ちてたけど?やっぱりコウジは私がいないとダメダメなのね」
何でアパートの前に落ちてたのかは謎だけど、そんな事はどうでもいい。
セリが戻って来てくれたんだ。
昨日の夜、俺はセリに鍵とキーホルダーを失くしてしまった事とこれまでの感謝の気持ちをメールした。
「まだセリに未練があったけど、セリにもらったハートの片方を失くしたのは『もう忘れなさい』って神様が言ってるんだろうと思う事にしたよ。
今までありがとう、そして幸せにできなくてごめん」というような内容だ。
返事はなかったが、まさか翌日に来てくれるとは。
セリはハンドバッグからハートの片方のキーホルダーがついた自分の鍵を取り出した。
「ここ出てった時に自分の鍵持ってきちゃって、そのまま処分するの忘れてたの」
気の強いセリらしい言い方だ。素直に「やっぱりヨリを戻したい」とは言わない。
相変わらずのセリと接して、俺の頭も冴えてきた。
「俺の鍵が見つかったからまた一つのハートにできる。これって『やり直しなさい』って神様が言ってるんだと思う事にしない?」
咄嗟に浮かんだ名ゼリフに酔いながらも、俺は心を入れ替えてセリにふさわしい男になると冷静に誓った。
「思えないでしょ」
せせら笑いで否定された俺はすぐに誓いを破った。
「鍵失くしたって言うから処分にちょうどいいと思って持ってきてあげただけだし」
別れた女ってこんな感じになるのか。
「コウジならまた失くしそうだから二つになって良かったんじゃない?じゃね」
残酷なほど淡白にセリは帰ろうとした。
「待ってくれ」
俺はついセリの腕をつかんでしまった。「ちょっ、やめて変態」
それが生涯最も愛し、結婚を前提に同棲までした彼女の最後の言葉だった。
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コウジの奴、オイラを握ったまま枕の乱打を始めたか。
たしかにセリは冷たかったよな。それでスッキリするなら気の済むまで殴れよ。
終わったか。完全に吹っ切れたツラしてるよ。
まあ、セリは出て行っちまったけ…、オイラとはこれ……も一緒にやって…………。
あ、コ…ジの奴、セリ…こと吹っ切……から、オイ……対する思…入れがなくなっ…………!?
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