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◆第十章 【連絡】 ネノシマ◆
その連絡が入ったのは、予想よりも早かった。
「日本から連絡が入った。ネノシマから鵺が渡ってきたようだ、とのことだ」
岩宿(いわやど)の定例会議にて、成将官(せいしょうかん)の一人がいった。
日本はネノシマの事情をなにも知らない。そもそもネノシマと日本は、干渉し合うこともない。
そのため日本からの連絡系統は、昔から変わらないままである。つまり日本からの情報だけは、どこに所属していても平等に知ることができる。だからこそ、鵺を日本へと逃がした。
「鵺? 日本に、鵺はいないのか?」
「そういうことだろう。だから鵺退治ができる者も、日本にはいないのだろうな。つまりは苦情だな。鵺退治をせよと、そういうことだ」
「鵺が日本に渡ったということは、ネノシマの結界が弱っているという噂は、事実だということか」
ネノシマの結界。それはつまり、雲宿を統べる須王(すおう)家が張っている結界である。
須王家の力が弱っている噂は、以前から耳にしていた。しかしこの瞬間まで、確信はなかった。
「噂が事実だということは、我々にとって大きな収穫だな」
その日の会議で、雲宿の件はそれだけであった。
そして数週間後、再び日本から連絡があった。
「日本に桂馬が無事に到着したと連絡があった。雲宿の桂馬が跳ねたらしい」
室内は静かに揺れた。
「たかが鵺だぞ? 桂馬を動かすほどの事か?」
「他に事情があるのかもな」
「現在の雲宿の桂馬は、憑き物付きの小僧だろ? 厄介払いとして、切られたんじゃないか。生い立ちを考えると、組織に信用されているとも思えない」
「十三で桂馬になった逸材だろ? そんな逸材を捨て駒にするか? 切ったと考えるのは早計だろう」
「しかし厄介払いとしては、最高の口実だ」
「単純に、桂馬の役職特権が便利だからじゃないか? 桂馬なら、ネノシマに帰ってくることは容易だろう」
「それはたしかに一理ある」
「しかし桂馬が跳ねたとなれば、日本からの連絡は、もう来ないだろうな。日本の、出嶋神社を経由して連絡をする必要はないからな」
「そうだとしても、この異変は、これだけでは終わらない気がする」
「御神託か?」
「ただの予感だ」
神々の子孫として生まれた我々は、自分でもわからぬ直感が働くことがある。
それは望まざるにかかわらず、勝手に降りてくる。
◆
会議を終えて執務室に戻ると、自然と大きなため息が漏れた。
鵺を日本へ逃がしたのは自分であることを隠す必要はないと思う反面、黙っていても問題ないと思っている。
いずれにせよ、雲宿に異変があることが共有できた。さらには雲宿の桂馬を不在にすることができた。これは、それなりの成果である。
しかし予想していた通り、雲宿に攻め入ろうという者は一人もいなかった。その事実に、小さく落胆する。
岩宿を統べる天津(あまつ)家と、雲宿を統べる須王(すおう)家は、元々は同じ血筋であった。しかし本家である天津家はいつしか力を失い、ネノシマは須王家が統治するようになった。
どれほど遠い昔のことなのかは、分からない。それでも自分の中には「須王憎し」の想いが、受け継がれている。
鵺を使役し、ネノシマの外へ出そうと思ったことに深い理由はないはずだった。しかし今、手応えを感じている今、自分は天津家のために動くべきだろうと思っていた。
桂馬が日本に跳ねたと聞いて、二ヶ月が過ぎようとしていた。
鵺を無理に使役したせいで、毎晩その反動に悩まされていたが、それも薄れつつあった。
そんな時だった。
「先祖である巣守(すもり)結壱(きいち)放った雉が、ネノシマに帰ってきたようです」
定例会議で巣守結高(きだか)はいった。彼はいつものように、落ち着いた涼やかな声であった。
岩宿で「巣守の雉」といえば、知らぬ者はいない。巣守の雉は、須王家への呪いを背負った雉である。
ずっと昔、岩宿から雲宿へ派遣された者がいた。しかしその者は、岩宿へは帰らなかった。岩宿を裏切り、雲宿へ寝返ったのだった。
それを受けて、上司であった巣守の祖先が呪いをのせた雉を放った。しかし呪いを乗せたその雉は、須王家の結界によって、国外にまで弾き飛ばされたとされている。当時の須王家は、絶大なる力を持っていたことが伺える史実である。
しかし今、その雉が帰ってきたという。
会議に出席していた誰もが、静かに緊張していた。
そして高揚していた。
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