母体

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原島野々花(はらしまののか)は僕の妻だった。  過去形なのは、昨日、僕たちのマンションの中で、眠るように急死したからだ。  死因はこれというものが見つからず、ただ心臓が止まって、冷たくなっていた。  僕の心の時の流れは、彼女の死と共に停止した。  本来なら、各所へ手配し、葬式をあげなくてはならない。  しかし僕は、この昼日中に、野々花の体を自室のベッドに横たえ、ただぼんやりとその横でスツールに腰かけている。  野々花の、か細く長いまつげが、陶器のような肌に幾筋かの影を落としていた。  髪はまだ水気を保ってつややかで、口元には苦悶の色一つ浮かんでおらず、ただ眠っているようにしか見えない。  野々花とは、大学で知り合った。  寡黙で、うつむきがちな顔をいつも長い髪で隠していた。友人も恋人もいないようで、いつもただ淡々と授業を受けていた。  同じゼミであるという縁しかなかった僕が、彼女に告白したのは、知り合って半年ほどした時だ。 「まさか私が、男の人からそんなことを言われるとは思わなかった」  野々花はかつて見たことがないほど目を見開き、首をかしげた。  まともに野々花と顔を合わせて向き合ったのは、この時が初めてだったような気がする。  最初は野々花も、物珍しさというか、好奇心のようなもので僕と付き合ってくれたのだと思う。  でも次第に心が通いだし、僕のしょうもない冗談や、緊張による失敗に、ぷっと吹き出しては穏やかな笑顔を見せてくれるようになった。
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