ep.6 面倒な恋、それは不可避です(紫崎side)

13/13
415人が本棚に入れています
本棚に追加
/146ページ
「いやっ、ちがっ、って」  (より)にも()ってーーー、とその場を逃げるように立ち去ると、高いヒールの音が追いかけてきた。  エレベーターのボタンを押すが、なかなか1階は点灯しない。  痺れを切らしたように、階段扉のノブを持つと、その手をピンクベージュのつやつやとしたネイルが食いとめた。 「一志くん」 「……なんだよ? もう俺らは終わっただろ?」 「違うよ。さっきの顔なに?」 「……別に」 「……ロボ子先輩のこと、好きになっちゃった?」 「はぁぁぁぁ!????」  うっせぇわ、そんな訳ねーだろ、と否定した言葉は口から出ずに、 「ゆゆはに関係なくね?」  と、強がりしか出てこなかった。 「ロボ子先輩、可愛いもんね。擦れてないって言うか、真面目が一周回って、不器用で。深沢先輩が惚れ込むのも分かる」 「……なにが言いたいわけ?」  ゆゆはは手をすっと離し、ふっと笑う。  愛想笑いも、媚びもない、純粋な興味と少しの負け惜しみで笑っている顔だった。 「一志くんが恋に振り回されている状況がもっと見たい」 「……趣味、悪くね?」  点滅したライトに促されるように紫崎はエレベーターに乗り込む。閉まる扉の向こうで、ゆゆははべぇ〜っと舌を出した。 「思い通りにならない恋に落ちて、こっぴどくフラれちゃえ」  ……ガキかよ。 「フラれねーつーの」  強くは言い返せず、呟いた言葉はエレベーターの中に反響した。ゆゆはが言った言葉の意味を正しく受け取ると、心臓を握られたような感触に陥った。  拳を握り、胸を叩く。  知らない感覚にもう一度だけ強く拳を握った。 ―――好き……、だけーーー。  ゆゆはが入ってこなければ、海李子は深沢のことをなんて言ったのだろうか。  好きだけど、ただの同期?   それとも、同僚? 恋人? 恩人? 初恋? 理解者?  多数に渡る選択肢に、答えを聞けなかった分だけまた想像が膨らむ。 「続きが、大好き、とかだったら……」  かなりへこむわ、と感じたこともない胸の痛みをかき消すように目を閉じた。  聞きたくないのに、気になる。  この矛盾をどう扱えばいいのか。  それでも、と握った掌を拡げ、息を吐く。  頭は、次に会うための口実を探していた。
/146ページ

最初のコメントを投稿しよう!