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「いやっ、ちがっ、って」
依にも寄ってーーー、とその場を逃げるように立ち去ると、高いヒールの音が追いかけてきた。
エレベーターのボタンを押すが、なかなか1階は点灯しない。
痺れを切らしたように、階段扉のノブを持つと、その手をピンクベージュのつやつやとしたネイルが食いとめた。
「一志くん」
「……なんだよ? もう俺らは終わっただろ?」
「違うよ。さっきの顔なに?」
「……別に」
「……ロボ子先輩のこと、好きになっちゃった?」
「はぁぁぁぁ!????」
うっせぇわ、そんな訳ねーだろ、と否定した言葉は口から出ずに、
「ゆゆはに関係なくね?」
と、強がりしか出てこなかった。
「ロボ子先輩、可愛いもんね。擦れてないって言うか、真面目が一周回って、不器用で。深沢先輩が惚れ込むのも分かる」
「……なにが言いたいわけ?」
ゆゆはは手をすっと離し、ふっと笑う。
愛想笑いも、媚びもない、純粋な興味と少しの負け惜しみで笑っている顔だった。
「一志くんが恋に振り回されている状況がもっと見たい」
「……趣味、悪くね?」
点滅したライトに促されるように紫崎はエレベーターに乗り込む。閉まる扉の向こうで、ゆゆははべぇ〜っと舌を出した。
「思い通りにならない恋に落ちて、こっぴどくフラれちゃえ」
……ガキかよ。
「フラれねーつーの」
強くは言い返せず、呟いた言葉はエレベーターの中に反響した。ゆゆはが言った言葉の意味を正しく受け取ると、心臓を握られたような感触に陥った。
拳を握り、胸を叩く。
知らない感覚にもう一度だけ強く拳を握った。
―――好き……、だけーーー。
ゆゆはが入ってこなければ、海李子は深沢のことをなんて言ったのだろうか。
好きだけど、ただの同期?
それとも、同僚? 恋人? 恩人? 初恋? 理解者?
多数に渡る選択肢に、答えを聞けなかった分だけまた想像が膨らむ。
「続きが、大好き、とかだったら……」
かなりへこむわ、と感じたこともない胸の痛みをかき消すように目を閉じた。
聞きたくないのに、気になる。
この矛盾をどう扱えばいいのか。
それでも、と握った掌を拡げ、息を吐く。
頭は、次に会うための口実を探していた。
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