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全国にチェーン店を持つという、コーヒーとフラペチーノを販売しているカフェはウッドブラウンの色調で統一されていた。紫崎は適当に引っ掛けたシャツにシワが入っているのを見て、舌打ちをした。
店内を見渡せる席で、入口からは死角になった場所を探し、書架の影に隠れるように腰を下ろす。
美術作品の資料集や、芸術家のエッセイ、活字だけの本ではなく写真がメインのものが多く、配色やデザインのビビットさに意識を引きつけられる空間。
重厚な本棚は、棚の向こうにいる人の気配まで、密やかにしている。
秘密基地のように孤立した飲食テーブルは、社宅のオープンスペースと違って、クローズドスペース。
本屋と一体化しているだけあって、長居できそうだ。天井のライトにフェイクグリーンが巻きついており、本屋独特の野暮ったい雰囲気は打ち消されている。
紫崎はスマホを片手に、頼んだアイスフォームマキアートを口にした。
さらりと黒髪が揺れ、薄い唇が動く。高い鼻と奥二重の瞳。
長い指がカップを持ち、口に運ぶ様子を、近くに座っていた女子高生の二人組がこっそりと窺う。
「……月9に出てた俳優に似てない?」
「あ、分かる。基本、爽やか。笑ったら可愛い感じ。喋ったらイケボなイケメン若手俳優風?」
「それな。……ひとりカフェ?」
「いや、どーせ彼女待ってるんでしょ。ずっとスマホ見てるし、女がいないわけない」
「それな」
ヒソヒソ声ほど、聞き耳を立てていないのに入り込んでくるものはない。
紫崎はもう一度、舌打ちをしそうになって、やめた。
さっきからずっと気が焦っている。入り口の扉が開く度に、意識を向けるが、違えば違うほど、その焦りは、色を濃くする。
(……今日で終わりって訳じゃねぇのに、バカらし)
気を紛らわすために、みーこへ提案したデートプランニングの詳細を考える。
初デートは映画館がオススメとあったが、並んで映画を見るのは時間がもったいない。お互いの嗜好をある程度理解している状況ならいいが、話をしたい願望が強いため、映画を観る時間すら惜しい。
どうせなら、一緒に組み立てる方がいい。
少し前に案として送ったデートのプランは1時間単位でスケジュールを組んでいる。綿密に組んでしまうと遊びやゆとりがなく、みーこが息苦しく感じるかもしれない。いや、むしろ、デートを網羅するため、キリキリとスケジュールをこなすことに夢中になってしまうだろう。
ロボットさながらの無表情で、機敏に動く姿が浮かぶ。
思い出し笑いなんて、生まれて初めての経験か。
気持ち悪りぃな、俺。
紫崎は苦笑いを浮かべ、カップを再び口に運ぶ。持っていたスマホが光り、メッセージが届いた。
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