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「私がもう一度やり直したいのは、昏。勝手だと思うけど……、やっぱり忘れられないの」
海李子の顔が強張り、徐々に不安が拡がる。
「え、昏くん、そんなこと一言も……」
「あー……、僕、かぁ?」
穏やかに笑う表情に焦りが混じる。
「倉持さんと昏は同期ですよね? だったらーーー
「その茶番、もうやめろ」
紫崎は海李子の手を掴む。深沢がすぐ反対の腕を持とうと手を伸ばしたが間に合わなかった。
「まふゆさんは事情を知らないからしゃーねぇけど、深沢、お前はこの話の中心だろ? なに呑気にコーヒー飲んでんだ? 自分は部外者みたいな顔でヘラヘラ笑ってんのが意味わかんねぇだけど。みーこの気持ちを考えろよ」
「紫崎、くん」
海李子の腕を掴んだまま、続ける。
「同期じゃねーだろ。恋人だって、最初にはっきり言っとかねーと、不安になるだろーが」
クソめんどくさい、と、紫崎は踵を返すと同時に舌打ちをする。
「来いっ」
海李子は、え、あ、と狼狽ながらもイレギュラーな出来事に対応できないのか、あたふたしながらも腕を引くままについてくる。
「紫崎、待ちなよ。ミーコは僕の……」
紫崎は、遅えよ、悪態をつき後ろを振り返った。
「お前の恋人って言っても、大事な場面で、元カノの話ばっか聞いてる時点でないわ。恋人なんてただの関係だからな。好きな女を目の前で傷つけられて、こっちは穏やかにいられねーつーの」
紫崎を入店から見守っていた女子高生の二人組は、顔を見合わせる。
海李子の手を掴んで、紫崎はさらうように店から出て行く。
女子高生の二人組はらんらんとした瞳で、紫崎の背中を見送った。シワの入ったグレーシャツは、店に入り込んだ秋風と一緒に揺れては消えた。
「人は見かけによらないね……」
「彼女を待ってる彼氏じゃなくて、……まさかの略奪者」
「先が気になる案件」
「それな」
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