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「……えっ」
耳どころか見えている首や繋いでいる手までが赤くなった。熱が手を介して伝わるようで、急に海李子の心臓は疾くなる。
「深沢と恋人の関係って、知ってる。仕事が中心で、恋愛なんて眼中にないお前の興味をひいたつーことは、それだけ深沢のことを気に入ってるんだろーけど、俺はお前を悲しませたくない。さっきのまふゆさんを前にして、深沢の態度はない。だから、我慢ができなかった」
「見てたんですね……」
海李子は昏の第一声が「同期」であったことが悲しかった。確かに、同期にはかわりないが、恋人、と紹介してくれるとばかり思っていた。
仕事が中心であったのに、いつの間にかこんなにも昏に対して、我が儘で独占的な気持ちを向けているとは気づきもしなかった。
恋は仕事の延長線だった。
でも、昏と恋人になり、彼の穏やかさや自分を仕事以外のことでふっとゆるめてくれる包容力に惹かれ、男らしいしなやかな腕に抱きしめられるたび、特別な女の子になれているように思っていた。
昏にとって、自分は沢山いた恋人のひとりであるのに。
今の恋人というだけで、舞い上がっていたのだとーーー。
ぽろりと海李子の瞳から雫が落ちる。マンション街の入り口とは言え、人通りは多い。頬を伝ったそれを見て、焦った紫崎はとっさに周りを見回し、握っていた手を強めた。
「こっち、」
海李子は手を引かれるままに進むと、イチョウの葉が目に入った。扇型の緑たちはまだ枝にしっかりとくっついていて、風にそよいでいる。その輪郭がぼやけていく様子をベンチに座って見上げた。
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