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「ん」
紫崎は着ていたシャツで海李子の涙を拭った。
「……むら、さき、くん、のシャツが汚れてしまいます」
「気にすんな」
「でも、」
「あー、めんどくせぇなぁ」
ベンチに腰掛けた海李子の頭を抱えるようにして、紫崎は腕に閉じ込めた。
「ほら、お前の感情を言え」
「でもーーー、」
「でも、じゃない。いつもの無表情がこれだけ崩れるってことは、思ってることがあるだろーが」
涙腺はゆるみ、先ほどの昏の優柔不断な態度が浮かんだ。
「私、昏くんにいっぱい初めてを貰って、」
「あぁ」
「それで、昏くんと一緒に過ごしていくうちに好きっていいな、感情って大事だったんだって、今更ながらに知って、」
「あぁ」
「知ってくれて嬉しかったし、話もいっぱい聞いてくれて、」
「あぁ」
「……でも」
「ん?」
「でも、昏くんは寺島さんのこと何も言ってませんでした。一昨日、寺島さんから話をしたいって言われたとき、とうとう退会されるのかな、それとももう一度、婚活を再開されるのかなって気が気じゃなかったんです。だけど、昏くんは、いつもの穏やかな感じで、連絡の調節していました。相談者が個室で話したいから、予約お願いします、って。どうして、昏くんは昔お付き合いしていたこととか、言わなかったんでしょうか? 何かやましいことでも、前はこんな事気にならなかったのに、自分がどんどん嫌な女になっていくみたいでーーー「みーこ」
紫崎の腕の力が強くなる。
昏とは違うふわっとしたように包む腕ではなく、力がこもった熱のある腕。知らない腕の中は、知らない香水の香りがしている。
こんなこと、他の男の人に言っても仕方がないのにーーー。
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