ep.10 ワーカーホリックに愛を囁けば

8/13
前へ
/146ページ
次へ
***** 「茶番劇は終わったか?」  離れたベンチで海李子と昏を見ていた紫崎は、恥ずかしそうに手を繋ぐふたりを見た。 「犬もくわねぇつーの」 「今回ばかりは僕が悪い。ぐうの音も出ないよ」 「へーへー、だろうな。でも、俺も知らなかったとは言え、まふゆさんに職場の連絡先で、深沢のこと教えたからな。みーこが悲しくなった原因にも無関係じゃねーし」 「……紫崎くん……」  海李子は申し訳なさそうに紫崎を見上げた。 「……良かったな、ちゃんと誤解が解けて」 「でも、その、さっき……」 「あー、なんだ、色々言ったけど……」  海李子は紫崎に近づく。 「……聞かなくても、分かる。だから言うな。でも、俺、女に好きっつったの初めてなんだからな」  先ほど紫崎から与えられた、真っ直ぐな熱が海李子にじわりと拡がる。 「……はい、紫崎くんの気持ち、とても嬉しいです。私は仕事にしかずっと興味がなくて、それを中心に世界が回っていました。データーを見て、数字や結果を参考にしか動けなくて……、それでも良いと思っていました。でも、依頼人や昏くんから教えてもらって、人は足りない部分があるからこそ、恋をして、寄り添う相手を探して、少しずついろんな感情を知って生きていくんだって……、だから、……だから、私に気持ちを向けてくれてありがとうございます」 「あーーー、礼かぁ。お前は、ピュアで、……残酷だなぁ」  紫崎は両手で頭を抱える。 「さっきはもっと赤くなってくれたのになぁ……」  海李子の頬を紫崎の指先がかすめる。  触れる合うことのできない距離は、もう埋められないものだと、紫崎は気づいている。 「そんな顔をすんな。仲直りして手を繋いでんだろ? 俺はもーいーから。……気付くのが遅すぎた」 「……でも、言わせてください」  まっすぐと凛とした瞳は澄んでいる。 「……言わされるし、聞かされるんだな」 「……好きな人がいるので、ごめんなさい」  キッツ、と紫崎は胸に手をやり、背を向けた。 「これは確かに、酷い仕打ちだ」  自嘲し、ひらひらと手を振る。 「あのーーー、紫崎」  昏が口を開き、遮るように紫崎が声を出す。 「……今度泣かせたら、絶対、引き下がらないからな。今回だけ、深沢にひとつ貸し。……でも、いつでも乗り換えはウェルカム」  まぁ、そんなことないから、惚れたんだろーけど、と誰にも聞こえない声で呟く。
/146ページ

最初のコメントを投稿しよう!

417人が本棚に入れています
本棚に追加