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「茶番劇は終わったか?」
離れたベンチで海李子と昏を見ていた紫崎は、恥ずかしそうに手を繋ぐふたりを見た。
「犬もくわねぇつーの」
「今回ばかりは僕が悪い。ぐうの音も出ないよ」
「へーへー、だろうな。でも、俺も知らなかったとは言え、まふゆさんに職場の連絡先で、深沢のこと教えたからな。みーこが悲しくなった原因にも無関係じゃねーし」
「……紫崎くん……」
海李子は申し訳なさそうに紫崎を見上げた。
「……良かったな、ちゃんと誤解が解けて」
「でも、その、さっき……」
「あー、なんだ、色々言ったけど……」
海李子は紫崎に近づく。
「……聞かなくても、分かる。だから言うな。でも、俺、女に好きっつったの初めてなんだからな」
先ほど紫崎から与えられた、真っ直ぐな熱が海李子にじわりと拡がる。
「……はい、紫崎くんの気持ち、とても嬉しいです。私は仕事にしかずっと興味がなくて、それを中心に世界が回っていました。データーを見て、数字や結果を参考にしか動けなくて……、それでも良いと思っていました。でも、依頼人や昏くんから教えてもらって、人は足りない部分があるからこそ、恋をして、寄り添う相手を探して、少しずついろんな感情を知って生きていくんだって……、だから、……だから、私に気持ちを向けてくれてありがとうございます」
「あーーー、礼かぁ。お前は、ピュアで、……残酷だなぁ」
紫崎は両手で頭を抱える。
「さっきはもっと赤くなってくれたのになぁ……」
海李子の頬を紫崎の指先がかすめる。
触れる合うことのできない距離は、もう埋められないものだと、紫崎は気づいている。
「そんな顔をすんな。仲直りして手を繋いでんだろ? 俺はもーいーから。……気付くのが遅すぎた」
「……でも、言わせてください」
まっすぐと凛とした瞳は澄んでいる。
「……言わされるし、聞かされるんだな」
「……好きな人がいるので、ごめんなさい」
キッツ、と紫崎は胸に手をやり、背を向けた。
「これは確かに、酷い仕打ちだ」
自嘲し、ひらひらと手を振る。
「あのーーー、紫崎」
昏が口を開き、遮るように紫崎が声を出す。
「……今度泣かせたら、絶対、引き下がらないからな。今回だけ、深沢にひとつ貸し。……でも、いつでも乗り換えはウェルカム」
まぁ、そんなことないから、惚れたんだろーけど、と誰にも聞こえない声で呟く。
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