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海李子は激しく落ち込んだ。その後の仕事は手につかず、午後は余っていた有休をもらった。近くのコンビニで、カップ酒とつまみのチータラを買い、逃げ帰るように社宅に入った。
お酒を飲んで気持ちをリセットしよう。
落ち込んだ後は、業務改善が必要だ。でも、恋愛はひとりでは出来ない。適切な相手を……。
ぶつぶつと独り言を言いながら、エレベーターを待つ。
そんな時に限って、誰かに目撃されるもので、その日オフだった深沢とばったり出くわした。肩の落ちたアースカラーのTシャツに、リラックスズボンは絹のさらりとした着心地の良さそうなもの。リラックススタイルの彼は穏やかに笑って、片手をあげた。
「倉持さん、お疲れさま」
「……お疲れ、さま、です」
何くわぬ顔でやり過ごそうとエレベーターのボタンを何度も押した。深沢はその様子黙って見つめ、次に手に持っている袋に視線を移す。
「……倉持さんもお酒飲むんだねぇ。しかも、日本酒のカップ瓶。おまけに5本。……お酒、強いの?」
深沢はのんびりと口を開く。
「飲みたいときもあります」
「婚活アドバイザーって大変だよね。僕の部署も依頼人相談室だから分かるよ。思い通りの人とマッチングできないとイライラしながら、電話をかけてくるんだよね。アドバイザーに対する苦情とか、依頼人同士のいざこざとかさ〜、人が相手の仕事って、相手に合わせないとダメだから、疲れちゃうよね」
柔らかくアーチを描いた瞳。なごむ空気につられ、海李子はため息を吐いた。
「……経験が足りないと言われてしまいました」
「面と向かってクレーム言われた? それはダメージが大きいよねぇ。僕で良ければ聞くよ。同期だから気兼ねもないでしょ。……それとも、たまにしか喋らない同期だから、“ロボ子”さんは警戒する?」
嫌味のない流暢な物言い。
海李子が無表情で仕事を淡々とこなす様子を揶揄して、ついた“ロボ子”というあだ名。それを何気なく言ってしまえる明朗さに、つい気がゆるんだ。
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