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ep.2 その男、プライベート重視です(昏side)
生きていくために必要なものは、その時によって変わる。
臨機応変や柔軟さ、機転が効くことが仕事や人生には必要だなぁ、と深沢昏は、しみじみと思いながら、階段を駆け上がるパンツスーツを見上げる。
倉持海李子は、馬の尻尾のようにぶんぶんと髪を揺らし、競走馬と同じく前しか見ていない。
―――面白いヤツがいる。
同じ大学出身の紫崎がそう言って指差したのが、同期の彼女だった。紫崎とは学部は違ったが、同じアウトドアサークルに所属していた。女関係が派手な彼と、男女問わず友達が多く癒し系として扱われる昏は、特別親しくはなかったが、顔を合わせば一言二言と言葉は交わす間柄。就職先でもそのくされ縁は変わらなかった。
―――女性に対して、ヤツって言い方は失礼だよ。
昏は紫崎を注意したが、顔を見てみろよ、と言われ、興味をそそられた。
覗き込むと彼女の表情は“無”だった。
表情筋が全滅してしまったのかと疑うほど、眉や瞳、頬の緩みすらない。蝋人形とまではいかないが、造りもののように無機質で、動くのは、ひとつに結えた髪とスレンダーな体のみ。
婚活アドバイザーは、依頼人が結婚相手に求める条件を尋ね、円滑にマッチングできるように手配することが仕事だ。愛想はないが、依頼人の希望に沿った的確な相手とマッチング交渉をすすめる様子を見て、紫崎はますます彼女に興味を持ったようだった。
―――婚活アドバイザー、つーより、データ重視のマッチングロボットじゃね? RPGに出てくる同じセリフを繰り返すモブキャラみてぇ。キャラとしては面白いけど、女としてはないよなぁ。倉持海李子って猫みたいな名前は可愛いのに。
……ニックネームはロボ子だな。
紫崎が面白がってつけたあだ名はいつの間にか、同期、部署内、上司、と順に時を経て、後輩にまで拡がった。倉持海李子と顔を合わせ、一緒に仕事をした人は、ロボ子の事務的な塩対応の話題で、盛り上がることもしばしばあった。
そんな彼女と昏の接点は社宅に住んでいることと、同期であることぐらいで、すれ違うときに挨拶をしては、ロボ子はいつもロボ子だなぁ、とのんびり構えていた。
その接点が繋がったのは、たまたま休みの日に彼女と出くわしたとき。
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